ある日、私は不思議な体験をしました。


それは地下街オーロラタウンにあるロッテリアでの事です。


当時の私はロッテリアのハンバーガーセットが大好きで街に出ると良くロッテリアに寄っていました。


いつも通りオーダーをして空いてる席に座りました。


ハンバーガーを一口、二口と食べていると席の仕切りの隣から声が聞こえてきました。


何気なく聞いていると声は女性なのですが自分の事を

「オレ」

と言います。

私は気持ちが

「?」

となり耳を仕切りに当てて聞いていました。


確かに

「オレ」

と全てが男言葉なんです。


仕切りがあるから姿は見えません。


話している相手は女性。


女性が自分を「オレ」と呼び男言葉を話すのに初めて触れたのがロッテリアでした。

私は、その男言葉を話す人を見たくて、たまりませんでした。

でも席の仕切りで見る事が出来ません。


少し時間が経つと仕切りの隣の人は帰る様子。

私はチラッと姿を見ました。

「オレ」と話していたと思われる人は背が高く男物の服装をしていました。

お化粧をしていなくても綺麗な顔立ちに髪は短くスタイルが良くて宝塚の男役の様に見えました。

私が初めて男装麗人(古い言い方ですね)を見た瞬間でした。


その時は「オナベ君」の言葉すら知らず帰宅してから遊び友達に電話で話すと

「〇〇ちゃん、それはオナベ君よ」

と教えてもらい初めて知りました。


体は女性。いでたちは男性。愛する人は男性では無くて女性。

(レズビアンとは違うのです)


それから数日後に遊び友達のMから誘われて、どこかに遊びに行こうとなりましたが、私はホストクラブは嫌い。ショーパブも飽きていました。


するとMは

「〇〇ちゃん、この間ロッテリアでオナベ君を見たと話していたでしょう?その人がいるか、わからないけど、そのお店に行ってみない?」


そのお店はススキノの第4グリーンビルの中にあるとMは言いました。

私達は、偶然そのビルの直ぐ側にいました。


私は初体験に心がドキドキしながらMの後に付いて、そのお店に入りました。


Mは女性ですが遊び慣れていてススキノで、お店を経営している私より堂々としています。


お店の名前は

「ミス・ダンディーズ」


ドアを開けると店内は少し薄暗くて「いらっしゃいませ!」

と低い声で従業員が出迎えてくれました。


見る人は皆、髪が短くて男性物のスーツや、いでたちでした。


私は初体験にドキドキしながら案内された席に座りました。


暫くすると一人のオナベ君が私達の席に付きました。


服装は男性物のジャケットに髪は短く小柄な人でした。

色白で声はハスキーボイス。

愛くるしい目の人でした。


名刺を差し出されたので私も名刺を渡しました。


初回なので色々お店のシステムを教えてくれましたが、私達はボトルを入れる事にしました。

私はアルコールは飲めませんが当時ではヘネシーと言うボトルを入れるのが何故かステイタス。


ボトルが運ばれて来てから

Mが私から聞いたロッテリアで見かけたオナベ君の姿を席に付いた人に聞くと

「あっ今日は休みなんです。名前はユウキと言います」

と教えてくれました。


その店は大箱で確か20人近いオナベ君が働いていたと思います。


私は知らない世界の扉を開けて

しまいました。


営業の合間に店内の真ん中のスペースでショータイムがありました。


男装麗人の若者達が男らしく踊ったり歌ったりします。


働いていたのは20歳前半から後半のオナベ君達。


Mは、すかさず

「このお店のナンバーワンを席に付けて」

とタバコを吸いながら最初に席に付いたタクヤに言いました。


暫くすると、お店のナンバーワンが私達の席に付いてくれました。


名前はタカシ。

服装はアイビーのスーツで小柄。


流石にナンバーワンだけあり店内のお客様はタカシを目当てに来店しています。


8割は女性客。

2割は男性客。


私は知らない世界に、すっかり魅了され又、好奇心もあり、従業員の立ち振舞に魅入ってしまいました。


女性なのに男性になりたかった彼女達が、その当時、自分らしく生きる場所は今とは違いススキノしか無かったのだと思います。


Mは、すっかりナンバーワンのタカシを気に入り翌日も

「〇〇ちゃん、行かない?」

と私の仕事が終る頃にお店に電話が来ました。


私は私で凄く興味が湧いて、もっと彼女達(彼ら達)の事が知りたくなり翌日も又、翌日も通う様になりました。


私がロッテリアで見た彼女は初回の翌日に、お店にいました。


Mは

「〇〇ちゃん、敢えて今夜は、あの子は席に着けないのよ」

と私の耳元でささやきました。


隣のボックス席に座っている、ユウキと言う名のロッテリアで見た子は初回に席に着いたタクヤに聞いていたらしく私達の方ばかり見る目線を私は感じていました。


きっと

(自分に会いに来たのに何故、指名しないのかな?)

と思っていたと思います。


何回も通う内に働いている子達と私は仲良くなり色々な話をしてくれる様になりました。


一応に言うのは胸の話と生理の話しでした。


何故か胸が大きな子が多く、その胸を隠す為にサラシをきつく巻いてワイシャツを着たり、

ナベシャツと言うのがあってウエストニッパーを強力にした作りの物で胸を締め付けてワイシャツを着る。


特に生理が来ると死にたくなると打ち明けてくれました。


本当は男性に産まれたかったのだから、話を聞くうちに私は可哀想になり同情する気持ちが大きくなり、それと共に彼女達が男性に見える様な錯覚に落ちて行きました。


みんな必死で生きている。

その姿に胸が痛くなりました。


毎日の様に通う内に、私達は上客になり、ほぼ全従業員が私達の席に着き仲良しになりました。


その中にタスクと言う一番、年下の子に私は

「姉ちゃん」

と呼ばれる様になり私も弟みたいな感情になり悩みも聞くようになりました。

タスクは

「胸を取りたい」

とボツンと言いました。


今なら性同一性障害と診断されれば通院して男性ホルモン注射を打ち胸を取る手術も受けられますが当時は、まだ、それは無い時代でした。


男性ホルモンを打つと生理が止まり髭も生えて声も低くなります。


通う内に働いている彼女達を私は男性に見えて来ました。


不思議な感覚。


そんな中、ロッテリアで見たユウキは一番のイケメンでピアノが弾けて素敵な男性に見えました。


ある日、ユウキから私に告白がありました。

「〇〇ちゃん、好きなんだ」

と。


イヤイヤイヤ、やはり、それは私には考えられない事。


Mはナンバーワンのタカシに会いたくて通いつめていました。


凄く繁盛していたお店でしたが、長くは続かなくて閉店になりました。


その後、弟の様なタスクは内装の仕事に付き、ナンバーワンのタカシは独立してススキノのビルの中に店を出し、一人の子は調理師免許を取り北大、近くに居酒屋を出したりと、それぞれがミス・ダンディーズから旅立ちました。


私はユウキの育ちの良さが好きでしたが恋愛対象にはなりませんでした。


二人でホテルのバーで数回、デートみたいな事もしましたが最後までユウキの気持ちに答える事は出来ませんでした。


それぞれが違う道に進んだ後、タスクから電話が来ました。


「姉ちゃん、胸を取る手術をする事になったよ」

明るい声でした。


場所は海外。確かタイでした。日本では認められない手術だからです。

その手術費用を貯める為に必死に働いていたタスク。


リスクは無いのか?

私は、そればかり考えていました。


術後、日本に戻ったタスクから電話がありました。

「死ぬかと思う程、痛かった」

と。


「やっと海水浴に行っても裸になれるよ」

その声は平らになった胸が嬉しくて、たまらない喜びの声でした。


その後、次々と胸を取る手術を受け男性ホルモンの注射をして

見た目は殆ど男性に変わって行きました。


「姉ちゃん、男性ホルモンの注射を打つと生理が止まり髭も生えて来てオレ、やっと念願がかなったよ」

電話の向こうのタスクが死ぬ程、痛い思いをしてまで、体を変えた喜びが伝わりました。


10年くらい前までオナベ君達と交流は続いていましたが、今は私が全くススキノに行かない生活になったので、その後は当時のオナベ君達の情報は知りません。


ユウキにホテルのバーで見つめられた彼の瞳の輝きは私の胸の中で今でも輝いています。


今は戸籍や名前も男性に変えられます。

SNSの中にも沢山のオナベ君が普通に登場します。


時代と共に彼女達(彼ら達)は生きやすくなりました。


肉体的な痛みや心の葛藤を乗り越えて今を自分らしく生きている。

私は、それは素晴らしい事だと思います。


ミス・ダンディーズの若者達も多分、今は50代。


会いたいなぁと思う時があります。


それぞれの世界で、きっと男性として頑張って生きていると信じています。


今でも初めてユウキを見た瞬間は忘れてはいません。


胸がキュンとしたのは間違い無かったのです。



次は幸子さんの話を綴ります。


−話は続きます−