夫に教えてもらったアプリで
だいぶ絵が見やすくなった~~。
嬉しい~~。
夫が出がけに今日の予定を聞いてきた。
息子のパンツを新調したので
それの名前つけをしようと思い、そう答えました。
こういう時に
なんかいろいろ考えちゃうんですよね。
運動嫌いの私が運動を続けていることに
夫がとても好意的だから
そう答えた方がウケがいいかな、とか
せっかく天気がいいのに家に篭ってちゃもったいないかな、とか
さぼったら、このままずるずるやらなくなっちゃうんじゃないかとか
夫もそれを心配してるんじゃないか、とか
で、
気が乗らないのに頑張って家を出て
途中で気分が乗って楽しくなる時もあるけど
疲れがどっと溜まる時もあり…
やることを決めず
目標も持たず
気分だけで決める。
ハメハメハ大王みたいな暮らしが理想です
子育てしづらい環境、とか
子連れに厳しい世の中、とか
思う人が多いなぁと思います。
他人の子育てを批判する側と、擁護する側が論争する場面も見かけます。
いろんなご意見があるでしょう。
私は長かった独身生活を終え
不妊外来に通った時期を経て子を授かり
無事に出産して、健康な3歳児を育てていますが
長かった独身時代にも
不妊外来に通っていた時期も
子供がいる人には批判的でした。
朝の満員電車で赤ちゃんの泣き声がすると、
「満員電車に赤ん坊連れてくんなよ、うるせえな」って思ってました。
当時は遠距離通勤で残業も多く
慢性的に疲れていて
朝の電車は貴重は睡眠時間だったので
赤ちゃんの泣き声を聞くのは本当に嫌でした。
子持ちの人が、
「やっと夏休み終わった~~、ラッキー」
みたいに言ってるのを聞くのも嫌でした。
子供を厄介者扱いしているみたいで。
「自分の子供でしょ!?」って思ってた。
専業主婦の人が愚痴を言うのも嫌だったなぁ。
「旦那に養われてるのに文句言うなんてずるい!」って思ってた。
そういう批判を心の中でたくさんしたけど
本音は別のところにありました。
自分の親に言えなかった、子供の頃の不満
独身であることの不安や孤独感、寂しさ
頼れる人が側にいない心細さ
正直、もう働きたくないのに、生活の為に稼ぎ続けなければならないプレッシャー
結婚や出産を経験出来ていないという劣等感
羨ましさ、焦り、悔しさ
絶対に表には出せない感情を
「批判」という形にしてぶつけていました。
まったく余裕がなかったし
「持たない」自分を不幸だと思っていたから
「持てる者」への嫉妬が半端じゃなかった。
まぁ、八つ当たりですよね。
息子が生まれてしばらくは
自分の「理想の母親像」があったし
過去の自分のような人に批判されることが怖くて、「ちゃんとやる」ことばかり考えていました。
公衆の場で泣かれたりしたら
周りの目が気になって、どうにかしなきゃ!という焦りと、何でこんなところで泣くんだよ!って苛立ちでいっぱいでした。
電車やバスには怖くて乗れず、息子とふたりで出かけるときは、遠くても慣れない場所でも車で移動していました。
過去の自分が強烈に批判していたので、それが強い分、恐怖が増したのかもしれません。
過去の自分の亡霊に振り回されていました。
批判する人がすべて過去の私のような人ばかりじゃないと思うけど、少なくとも「現状に大満足!!超ハッピー!!」って人じゃないと思う。
何かしら自身の現状に不満があって、その鬱憤をぶつけやすいところにぶつけてるだけだと思う。
他人の八つ当たりに振り回されなくてもいいかな~~、と最近は思えるようになりました。
もちろん、分かっていてもムカつくから、
「犬のうんこ踏め、バーカ」
くらいには呪ってやりますけどね
息子が先生モノマネを披露してくれるので
園での様子を垣間見ることができます。
絵本を立てて広げて
ピアノを弾く真似をしたり
「あ、これじゃなかった」とか言いながら
絵本のページをめくってみたり(笑
昨日はセブンイレブンの商品引換券を紙芝居に見立てて、自作の物語を披露。
「はい、おおきな はくしゅ~~」
私(パチパチパチ)
「おおきいセブンイレブンは、きいろになりました。
いちごと、パンと、チョコをかいました。
おしまい。」
まったく分かりませんが
家で先生のモノマネするってことは~~
とか、やってるかもしれないってこと?
マジやべー













