『縫製工場に見る国民性の違い』(3) | 伝統技術を現代のライフスタイルに合わせて発信するプロジェクト  ”ARLNATA” アルルナータ ディレクターの独り言

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約11年に渡るヨーロッパの様々なステージのラグジュアリーブランドを経て日本に帰国し、衰退産業とも言われている日本の伝統技術を今の形で発信するためのプロジェクト”ARLNATA”アルルナータを主催しているディレクターの独り言です。
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<前回(2)の続き、北村悦子さんの記事です>

参照:『縫製工場に見る国民性の違い』(1)


参照:『縫製工場に見る国民性の違い』(2)


続きです。
初めは注意してばかりだったのが、やがて基本的なものに関してはほぼ問題がなくなっていました。
特に仕上がりが美しいものに対しては「美しい。ありがとう。」と本人達に伝えるようにしました。
日本の工場の場合、注意すべきところはしっかり指摘するけれど、期待以上の仕上がりだった時に感謝の気持ちを伝えると益々気持ちを入れて頑張ってくださるのです。
パタンナーも工場もそうやって高め合っていくものだと思っていました。
ところが中国の工場で「美しい。ありがとう。」を伝えることが増えてから次第に服の仕上がりが悪くなっていったのです。
どうして?!今までちゃんと出来てたのに・・、とショックを隠せませんでした。
どうやら度々褒めたのが良くなかったようなのです。
この人は厳しく注意しなくなったから少々手を抜いても大丈夫だと捉えられたのだろうと現地をよく知る知人に言われました。
とても悲しかったし、文化の違いを痛感しました。
あるテレビ番組で日本のアパレルメーカーが上海に出店する時の店長の苦悩を描いたものを見ました
そんなことがあってからこの手の記事や番組にはとにかくよく目を通すようになったのです。
サービスとは何か。給料を貰うとはどういうことか。仕事とは何か。
どれをとっても根本的な認識が国の文化によって違います。
日本式を通す為に相手を責めるだけでは駄目だし、仕方ないと諦めるのも解決にはなりません。
日本式が良い、と相手に納得してもらう工夫が必要なのだと思いました。
様々なことを教訓に、また地道に品質向上に励みました。


他に、ベトナム生産にも関わりました。
中国は好景気により労働者の賃金が上がり続けていたため生産の拠点が他国へと広がり始めたのです。
それに縫製工場は仕事がきついらしく、どんどん人気が落ちて人材の確保が大変になっているとも言われました。
中国でも一苦労だったのにもっと知らないベトナムってどんな仕事をするの?!と初めは不安で一杯でした。
ところが試作で作ってもらったブラウスがとても丁寧に縫われていて不安は消えました。
綺麗なだけではなく服に“温もり”を感じたのです。
上手く言えないのですが、中国生産で綺麗に縫えていてもこの“温もり”は感じませんでした。
残念ながらベトナム工場に行かせてもらう機会はなかったのですが、仲介業者の方からその理由がわかるエピソードを聞かせてもらいました。
「中国のミシン場は、日本人客が入って来ても目が合わないようにちらっとこちらの様子を窺うんだよね。そしてミシンの音がダダダー!って早いの。
で、ベトナム工場の人は行くと顔を見て挨拶してくれる。でもミシンの音がカタカタカタってゆっくりなの。仕事が丁寧で真面目で性格が日本人に近い。」
と言うことでした。
私が感じた“温もり”はそれなのでしょうか?
そうして未だ見ぬベトナムの工員さんたちに非常に親近感を持ったのでした。


もう一カ国、レザーのジャケットやコート等の生産をイタリアに依頼していたこともありました。
何ぶん若くて経験の無い頃の話なので大雑把な印象しかありませんが、時々こちらがお願いした内容と違った状態で上がってくることがあるのです。
でもそれはいい加減なわけではなく、“その方がカッコいいから”という拘りを持ってしていることなんだと言われてなんだか納得した覚えがあります。
イタリアに関しては私のこんな浅い体験談よりもブログ管理人の寺西さんにお聞きしたほうが確かだと思いますのでこの辺にしておきます。


日本、中国、ベトナム、イタリア。
わずか4カ国の生産しか経験はありませんが、4種4様の国民性が見られました。
私が中国出張に行っていたのは2007~2009年のことでした。
2008年の北京オリンピックが終わり、更に同年のリーマンショックの煽りを受けた様子はまださほど肌で感じることなく終わりました。
その後の世界の混乱ぶりは毎日のように報道されていましたので、中国の縫製工場が次々に閉鎖されていくのを複雑な気持ちで見ていました。
お世話になった工場は皆どうなっていることやら・・。

一つ世の中でよく言われることであまり良い気がしない言葉があります。
「いい値段がするのに中国製なので買うのはやめた」というようなことです。
現場を知る側からすればちょっと待って!と思うのです。
かつては確かに日本以外のアジア製品=粗悪品という時代が長く続いていました。
しかし日本の縫製工場はその間に多数の外国人労働者を受け入れそれが日本製として売られているのです。(これはヨーロッパにも見られることだと思います)
もちろん外国人受け入れは奉仕活動ではなく賃金などの利害が一致して成立していることです。
それらの外国人は日本の職人に厳しく指導され、また日常会話に困らないまでに日本語を身につけ母国へ帰り、次は母国の仲間にその技術を伝えているのです。
もちろんレベルはピンからキリまでありますが、今のアジア諸国の製品の品質は昔とは比べ物にならないほど向上しており、技術の高い工場は仕事を選ぶし、工賃も高いのです。
それは日本の企業が海外生産に切り替えてからも厳しい日本人の目を光らせているから成し得たことだと思うのです。
なのでその服を気に入ったかどうかはそっちのけで○○製だからイヤ、と斬って捨てられるのにはどうも抵抗があります。

どの国もそれぞれに長所はあるのですが、やはり日本人の私としては日本の工場に活気が戻って欲しいです。
残念ながら閉鎖してしまった工場はたくさんあります。
大きな理由として挙げられるのが工賃と人件費でしょう。
しかし中には工賃がとても高いのにいつも混んでいてキャパの取り合いになっている工場もあります。
そういうところは何かしら独自の特徴を持っています。
企業努力の賜物なのでしょう。
日本から技術が他国に持ち帰られることを“流出”と言う人がいますが、そうは思いません。
寧ろ“宣伝”になればよいと思うのです。
そしていつか日本に難しくて繊細な仕事が世界中からたくさん持ち込まれ“世界の縫製工場”となる日が来ることを願っています。
その為に誰がどう仕掛ければ良いのか、一個人として自分に出来ることは何なのか。
また一つ考えることが増えそうです。




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