イタリアを考える (後編:日本が参考にすべき点) | 伝統技術を現代のライフスタイルに合わせて発信するプロジェクト  ”ARLNATA” アルルナータ ディレクターの独り言

伝統技術を現代のライフスタイルに合わせて発信するプロジェクト  ”ARLNATA” アルルナータ ディレクターの独り言

約11年に渡るヨーロッパの様々なステージのラグジュアリーブランドを経て日本に帰国し、衰退産業とも言われている日本の伝統技術を今の形で発信するためのプロジェクト”ARLNATA”アルルナータを主催しているディレクターの独り言です。
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 昨日に変わって、イタリアのネガティブな所。ミラノに関してですが、治安が悪い(スリは激多、ひったくりもそこそこ、変な人間が多い)、街が汚い、人に関しては責任感が無い、自分以外の事に興味がない、ちょっとつっこんで話をすると「知らない」といって逃げる、他人(人もそうだけどモノとか天候とかイタリアという国の性格)のせいにすぐしようとする、先の事を考えられず今しか見られない、怒ると超大声で怒鳴る、店員の態度が基本悪く働いているように見えない、言っている事が人によって違う、などなど(もちろんしっかりした人もたまにいますが)。


 こうは言ってもイタリアが居心地がいいっていう日本人もたくさんいますし、そこらへんはやはり価値観の問題なんでしょう。自分もイタリア人のように振る舞えることができれば、意外と楽なのかもしれませんね。旅行で数週間来るくらいでいい所だけを見るのであれば最高な国だと僕は思います。


 そんなこんなで、こんな毎日を過ごしていると個人的にはやっぱり日本って素晴らしいなと思います。もちろんすべてが言い訳ではありませんが、ご飯はおいしいですし、サービスは丁寧だし、特に責任感がある人が多いということと、人の気持ちを汲んで行動できる人も多いってのは、特にいいことだなと思いますね。仕事に対し自分の人生と重ね誇りを持って成長しようとする人が多いのも日本の細かい技術を支えている源だと思います。


 結局最後はファッションの話に戻りますが、では、イタリアの様なデザインが豊かな国、ファッションが栄える国になるためには、彼らの様に素の自分を出したいだけ出して、感性で生きる生活を送らなければならないのでしょうか?いやいや、そんなことはないでしょう。僕たちには僕たちの方法があるはずです。ただ、イタリアの理論的に正しくかつ優れている点は参考にすべきです。じゃあ、彼らとどこに差があるのでしょうか?それは、やはり以前に言った通り、センスを磨ける環境があるかどうかという事だと思います。


 そう、一つ言わなければならないことを忘れていましたが、イタリアはそこそこいいレストラン(高級でなくても)なんかいくと、男性はだいたいシャツにジャケットでそれなりの正装ですし(しかも普段から慣れている着こなしで、仕方なく着ているのではない)、女性はたかが晩御飯でもドレスを着ている人が結構います。それくらい、場と状況に合わせて洋服も変える(状況によって変わる自分を楽しむ)という習慣を小さいときから見ていれば、そういった事が普通に生活習慣の中に取り込まれてくるのは当然ですよね。小さい頃から、どこどこに出かけるけど何を着ていけばいい?と言った様な会話も家族の中で頻繁にあるでしょうし、洋服の着方のみならず、場をわきまえた立ち振る舞いや、気持ちの切り替えなども自然と身に付き、脳にインプットされていくのでしょう。これはやはり、大きな差だと思います。悪く言えばいつもずうずうしい態度の彼らも、実はそういった色々な状況による振る舞い方を身につけているから、少々のことでは臆病にならないからそう見えるだけなのかもしれませんね。


 だからといって、日本も全部ヨーロッパの様にならないといけないなんて自虐的なことは言いたいのではありません。ただし、洋服を日本人も主に着るようになった今、それを本気で楽しもうと思うのであれば、楽しむだけの努力をしなければなりませんし、そのような努力と実践のできる機会、つまり”服を着る機会”を日本社会が意識的に増やすべきなのではないかなと思います。そこに着物を着ていっても言い訳ですし、何かを着てそこに行かなければならないという状況に置かれれば、否応無しに勉強をせざるを得ません。何度も繰り返し言いますが、こういう事は一人で頑張っても意味がありません。やはり日本人のみんな、少なくともプロフェッショナルの人すべてがそうだと認識するということが重要です。そういう機会が増えたならば、皆が楽しみながら勉強できるようになり、自然とレベルも上がり評価される事でより勉強に意識が向き、喜んで服にお金を落とす人が増え、その結果経済的にも活性化し、創る側もわざわざ売れるための服を作る必要性も無くなり、新しいデザイナーがより個性を世に出せるチャンスも増えるという、非常に良いサイクルができると思うのです。


 ワインでも、料理でも、音楽でもなんでも勉強をしなくてもなんとなく楽しむ事はできますし(雰囲気だけ、ノリだけ合わせる)、一般人であればそれで大いに結構でしょう。ただし、本当に心底楽しむためには正しい知識・経験を持つということ、つまり勉強をして実践を踏まないといけない、つまりはセンスを磨かないといけない訳です。洋服を扱うプロフェッショナルな職業に就く人であれば、“何となく楽しむ”でいいワケがありません。プロの言動は一般の人に影響を及ぼす大きな責任があるのですから。


 皆が楽しみながら勉強し、個性が生まれ、納得した上で喜んでお金を落とし、個性のある良い作品が正しく評価される世の中そんな、みんなが幸せになるしくみは理論的には決して難しい事ではありません。結局はみんなの心持ち次第で変える事ができるのだと僕は信じているのです。




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