緑の横道は つねに あが かたはらに ありてけるごと、夢の内容のうち 目とめつべきは、一貫性なるところにはあらで、抽象概念が ながらく ひきつづきてある ところ、なるか。
寝床にありつることを さながら ここにまで、と ねがへども、ゆきつくさきは、いどこにもあらず と しりぬるを; 身重の心ちに やすからず、気すぞろにて 今に入らぬは ひきつづけれども、ただ、寝起きの力なき身がまへの あやふければ、よろぼひて まはりなるものを そこなはぬべく、所作をのろむらく 心したり。
灯に あたたかく ともさるゝ 紙に 手して書きつけたる字を ねぶれ、さながら もどるやうにおぼえ、そこなることに就きて 話をし、註釈をまで くはへ、いたらぬは さてもありなむ、ともひたり、わらひとばし などもすれ、ひとたび この黒き発光に移せ、途端に 命たえ、ただの記号と なりはてぬめり。
かくおもはるめる現象も、この移行せむが過渡にあればこそ、こちを異端とそ おもひなさむとせるがためにやらむ。
紙は 濡れて はかなし。
あが脳に 複び とはむすれ、無期の白に とかるゝのみ。おなじことには二度とあふまじ。
つめたい夜に、とざされて、まこと われのみに あれば、さまざま 語らひ、心たしかめ、最善たるべき 答へを さぐる。 さめたるさにも、ともなることは かなふ といへども、ほかざまに あが そぞろかなれば。
タルパには、特定の形なけれ、ここにては、Rの そのかたちそらも、あやふかり。
かたつかたが ことを、あがよきやうに をの子のかたちと たぐふるは さもあれ、そは、あが 独断に なせること と しりたりて、さうして おもふ たづきとなりて やすからば よし、といふ。もとは 不可分なれ さだまれる形だにも なし。あるには りすの すがたとも なりぬ。さはいへど しかすがに、をさなきころより、伴にありて 心わかちあへれば、いまは 髭さへたくはへ、ますらをのかたちとある、うたてしかし。
かく なにもなくて きはやかなるに、あやに、ありさまに うたがひを 差しはさむすき、ふつに あらざり。悪魔は どうしたの? と あがきけ、悪魔は 私が つくること、私が 悪魔をもへば、すなはち いで来ぬ、と こたふ。
第一章の 始めなりし、士に手をひかるゝ なつかしき しら心ちゆ、ひきつづきて、われのみは 汝を みはなさじ、いづかたにも いつまでも そこが むたなり、と 誓ふ。
ありわびて、わきいづる ありしこと、思考思念、茫漠混沌ゆ、あつくなりすぎたる衾ごもりを はねて、あが ひきあがり、寝返り、息つぎ くつろぐたびに、ほほゑみかけ、口づけし なだむる ならひつく。
心病めるに似たりともふと、うつつにあるものとの 別をわかぬ、いはけなき兒のもたる 幻や、また、己がままならぬに 出でては 主の身のりとりて あやつりて 世に いたづらに つみをこさふるまで、およびがたき きはには あらね、その区別をつけてこそ。
起きねば と心づけこそ 焦かるれ、たへがたくならば やめむ、と おのづから おきてたれど、ありつるごと 底へもおちず、厭ひのきはの ときに おとづれね、さぶきに かづき、おぼほるれ 息つぎつつ、ながらふ。ひさしく 就きてあれば、いつか寝に とかる。その往来を二度 くりかへす。いぶせし といへども、音の世にだにも触れまうけれ。ここには あたらしむ ときの区別もなく、特によしあらなくは、起くるしだ つかみがたく、ゆるさるゝかぎり ありわたる。世をうとび、ひとりゐむとて、これはその訓練なり とて、執念く 寝つづく、かかるきはにまで、記けて遺さまく かぬる心ざま あなたへむかへど、積年にならへる、一夜にして かはるものなるまじ。
昨日の最後の朝、起きどほしに くるへる心して、わが 以後の もてなしにつきて はかれり。
それまで、心いきほひに、いかにして この我れを かなへむと、世にたづぬれど、そこに示さるゝ道は いづれも; この己が、そも、人の世のおぼえを うとみして ひとりこもれるが そのおほもとの性質に そぐはず、としれり。
また、この いまの世は、金をして動き、人によろこばれて 動くものなれば、その いづれも つひゆるとき、すなはち、おのが終末なり。され、この腕もがれ、この目しひ、この身いましめられぬる あかつきには、その動力 とだえぬれ、とこしなへに あが標をとどまくすべあらじ、としる。
そも、あがことを書き記けてのこさむと 心ざせる その起こし肇め、こを さながら、世に向かひて はなたまく 選択肢も すでに 一般的なれば、かねけれど、そを主とせざるは、人に好まるべく つくらむせば、おのがまことに 誌すべきを え書かずなりぬらむと しらるればなり。さはいへ、世にとふ場も あちこちに かりては あれど、主たるは こことて、むさと たまりゆくを さらざり。
かくし、いまこそ あづきなめ、そのかみは、書けること、うたがはず、おのがもたる 技能の とぼしきをも おもはで、みかへすことに よろこぼえけるに、いつよりか、世に かよひやすく なるにつれて、つねに 無限の可能性に ひらかれ、即座に とふこと かなへば、おのが力不足を いらなみ、述ぶる言と 書くべき事のありさまとの たがひ、しるかれば、外ゆ知識をひきて、そに ならひつつ しるしつくるならひつきて、されば、おのがもたる丈を 超えぬれ、そのしだは むたなれば かよへれど、同一性を缺きて、のちに え及ばずなりにたりや。
かかる 突きあはせも、今のきはには えせざれ、己がもたる言玉にて 直球勝負をさらざれ、いたらぬところゆ つきしろひ、向上のぞむべくも あらぬままに、わするゝにしたがひて、この すがたにては とても およばね、いかにせまし、と くるれ、道したえぬるを、くちをし、ともふ。
昨日の討議にて 最大の気づき とは、あが かつて志しける ゆめをば、ひさしく とはざればにや、そこに むすぼほる心 きえさりにたり、といふ事なり。そのよしを、いかに、と とふことにて、この ただ今もたる業への かかづらひ はるくすべも みえて来む、と もふそ。
その推量の 或るは、あが夢のさきには、みながありて、そこゆ外にむかへれ、己がうちに しばられむ よしをば うしなひぬ、といふことなり。こを、いかに、と とへ、Nxxx といふは、一時、世にかなひける存在なれば、それを超えざらぬ あれは、やすくし消たれぬ。さらに、今をもてしても、このつながりは ここにしあれば、己のみに むすぼほらるゝ やうなし、とぞ。
さらば、このふみのわざをも、ただ独りに廻るわざなれしも、かれに ならひて、いかさま、この あづきなき執着よ はなれむ、と さまざま 心ばむ。
己がゆめは すでに かなへつ。この金字塔は ただひとつのみ そびきて、それをだに領せぬれ、あとは いかに この身の はふれにたりと、かまはず、とまで いはるゝは、いかでか。
この ふみのわざは、音のみちより、はるかに おこなひ やすければ、それを またぎて、はやくより はじまりて、おそく いままで つづきをり。人ゆの水害にあへる、あが母艦なりしは つひえぬれ、まれまれに 外なる媒体に をさめて 抽斗に かくまひけるをば、やど うつりて のちも たもちあへて 移し移しつつ ひき継ぎ もてありわたりて、紙にしるせる、そのかみゆ、このむねに擁きて 懐にちかきに そひて、それも つひ 数年前までは、のちのことになど おもひかけず、けふにのみ心注ぎて、あとを のこさで ありけり、とおもふ。そが、いつしか、かくも 吾がむねの あたたかきを かれぬる あとを 懸けて やまひけるにか。老いはじめ、たびかさなる 災厄、つもりつもりて かたむきそめつる、この かりのやどりを、ややく あやふびして、ことのをはりを うつしく もひかくればや。
己を すくはむものは、己よりほかには、この世には なし、ともふ。まぎわびけるをば、この世の人のかたちに似たるは、あが この世のみよりほかに しらぬがためなり。この用ゐたる言ばも、かよへれば、あくまでも ここへ むすばむとすめれど、この違和感、はた、あれを くまくは、たえてなければ、あだめに さらさると、なにのかひもなし。とぞ、ゆかむはてをぞ おもひて、結論づく。
あが 人生の目的をも、そのかみ、創作のその渦中なるは、いかにも うしなはじ、ともひて、しがみつき、諸手をつくして まもらへけり。そが、延々と いたらぬふしの あばかるゝを、かへりみうみ、創作のよろこびを 産みのくるしびの 上まはれるに、ふと とぢめてのち、ひさしく とはずなれるに、憶えうするなへ 固着もうすらぎて、あの ありつる情熱をも 誉れをも 忘れにたれば、これも はた、ひとたび はなれて、世の荒波に もまるゝうち、このことのうちなる心も わすらえるものなりや。
かたかたには、気づけり。この おこなひの しるしに うちかためらえて たしけくなれや いな、さだかならねど、もし、憶えは消えず、そこに到るみちの たゆるのみなれ、ありつることは さながら あり、といふ、あが 10代後半の ころに、希望的観測を ともなひて かく あらませば とて 夢想し、また うたがひけるごとは、こは、げに、まことにや、と。
さるは、脳の容積、その構成要素に 限りあれば、いや益しにふゆる、物の理りに反せりや、と はた うたがへ、こは 物理に をさまらぬ疇のものなれ、と こたふ。ヲカルトじみて 雲行きあやしくなりゆけ、さにあらず。
かく おもふに いたらく よしは、あが うちに むかへるなへ、かつて ありつる夢のことごと うかび消ゆ みゆるがためなり。
いづれにしても、あが かへらくは、いづちにもあらず、あがうちなり。これより、この腕もがれ、この目しひ、この身いましめらると、この心 かたくなしからず、なにの覚えに拠らずと、白玉のほこりを このむねに やどしつづけまくこそ、あが、最終目標なり、と おもふ。
かつて その半生を ともに あゆびし かたかたとも 生き別れ、家財も 思い出のしなも さながら 掃はれ、その身は うごかえず、車椅子にしばられ、国におぶさり、わかき人びとの介助なしには 生かれぬ 老人のすがた、なにをするにも 人をたよるを、かたじけなみ いらなみすればか、よよとなき、それにまた なさけを かけられなど、あはれなる末路を おもひいで、かくなりに、いづかたも、あが才を、その なしつる偉業を しらずなり、ただ 害虫と うとみせらるゝに、いかにして 心たしけく、空をあふぎて むねをはりて 生きてゆかれむ。そのくるしみを ゆられむがためにや、耄ゆれば すなはち 我をわするゝは。
鳥になりてしがな、空をかけらむ。その心には、蟲をとり、つがひをまぎ、敵ゆのがれらく のみして。かくいとなむ我をみらむ心 はた、あらざれば、仏法などに説かるゝごと煩悩も なけれ。ただ おのがうちに つぎたる 命にそひて、外につつ透くるのみなれ。
