まだブログを始めて間もないのに既に更新怠っていましたʬʬʬ
実はですね、この笑う事しか脳がないhumanがかなりぶっ壊れていたのです
いつもなら酒で吹っ飛ばすことができんだけど、今回は何故かわかりませんが無理でしたʬʬʬ
酒を浴びるほどにもっと壊れていましたʬʬʬ
まぁ私のことはどーでもいいんのですが
今日は"死"についてでも呟こうかな
この世で"死"を体験できるのは当たり前ながら死んだ人だけです。
死ぬ瞬間…
心臓が止まる瞬間……
息ができなくなる瞬間…
自分の命がなくなる瞬間…
何を感じ、何を想い、どんな気持ちになるのか……
実際、今にも死にそうな人にそれを聞くのはなかなか…てゆうか絶対できないですよね
息を吸うのもやっとの人に「今どんな気持ち?」なんて馬鹿げた質問できるわけがないʬʬʬ
だから"死"を体験する人だけが知るその気持ちはバリバリに生きている人間には理解不能なのは当然!
だけどさぁ、感情のレベルがあったなら誰かの"死"を目の前で見る人間もまた死ぬ人間と同様に辛いと思います。
人間の"死"を見送る側…。
それが自分にとって最も身近な人だったり、最も最愛の人だったり、最も支えあってきた人だったり。
死ぬってさぁ……
残酷。
もっと生きたいと願う人間が死ぬ。
残酷。
まだ死ねないと思う人間が死ぬ。
残酷。
やり残したことがまだ沢山ある人間が死ぬ。
残酷。
世の中には生きることにキツく感じて自ら"死"を選んでしまう人間もいるわけで。
そういった人間の代わりに死にたくないのに死にそうになっている人間を生かすことがてきるのなら、これ以上に素晴らしいことはないんじゃないかと訳の分からない夢を抱いております、はい
私の口癖である"死んだら終わり"はなんのためにあるのか……
私が言う"死んだら終わり"は生きたいと思う人間が死んでしまうことを言っているのではないのに……
とは言っても、命あるものに"生"があるなら"死"もあるのは当然なわけで。
もしも"生"を選べて"死"をも選ぶことができたなら、世の中はじじばばばかりになるかしらʬʬʬ
ひとつの命がまだ存在していないのに意思だけが存在して、己が生まれたいと望めば形となり生まれることができたなら。
前世というものが本当にあって前世を生きた上でもう1度生まれたいと思う人間は果たしてどのくらいいるのでしょうね。
私のこの意思のまま、寿命とやらまで前世を生き抜いて、そしてまた新しい人間に生まれたいか?と聞かれたなら…私は最大限のスマイルで望みます。
「もう充分堪能しましたので結構です
」
まぁ"死"のタイミングも選べたとなると結構面倒な問題になってしまいますがʬʬʬ
これを読んでくださっている皆様はいかがでしょう
今アナタにある意思を持って前世を生き抜き、そしてまた新しく生まれるかどうかを選ぶことが出来たなら……
喜んで「生まれたい」と望みますか?
それとも、humanのように最大限のスマイルでお断りしますか?ʬʬʬ
死ぬって怖いんだろうな…。
だけど生まれることもまた怖い気がします。
それが"生"は選べても"死"は選べないとなったなら
尚更恐ろしいですね
さぁ今宵もだらだらと話が少しずつズレているわけですが、本日のhumanが言いたかったことはというと……
"生"のタイミングは選べないのに"死"のタイミングを早めることができる現実に、humanの頭がついていきません!
と、いうことでした
生死とは不思議なものですね。
男女の愛……いや、男女の行為で生まれる新しい命。
その命の運命は、その行為がなんのためのものだったかで決まるときもあれば、その男女の性格で運命が決まることもある。
命は大切です。(あ、綺麗事?ʬʬʬ)
己の命はもちろん大事ですが、アナタ方の行為により生まれる新しい命はアナタ方の命以上に大切に感じていただきたいですね。(お前何様?って思ってくださいʬʬʬ)
では、ぶっ壊れたhumanは強制修理により更にイカれたhumanに強化され、これまでの思考よりも更に謎めいた思考になってきているようですので、暴走しないうちに終わります
