誰が言い出したのか忘れたが、夏だし肝試しでもしようと言うことになった。
ふつうの肝試しじゃあおもしろくない、生き霊を呼び出してみようじゃないかと話が盛り上がった。
「生きてる人間を呼び出すと、そいつが早死にするんだって」
などともっともらしいことを口にする奴がいて、それなら試してみようと勢いで計画を立てた。
いたこ、というのがある。
死者を呼び寄せて口寄せをするのが商売だ。
おれたちはわくわくしながら作戦を立てた。
俺が依頼者で、友人の名を言って呼びだしてもらう。もちろん友人は生きていて、俺の隣に知らん顔で座っている。
いい加減な事をいったらネタばらしして恥をかかせてやろうという、ちょっと意地の悪いいたずらだった。
待合所で馬鹿話をしているうちに順番が来た。俺の名を呼ばれる。ふたりで神妙な顔をして部屋に入った。
「大丈夫かな」
友人は不安そうにもじもじと腰を揺らした。落ち着かないそぶりで、顔も強ばっている。
「なんだよ、今更。もっと前に言えば俺がかわってやったのに」
部屋に通されて、今更怖じ気づかれても困る。俺は強い口調で非難した。
「ともかく、もうここまで来たんだし、金も使ってんだから、いまさらやめますじゃねえよ」
友人は黙ってうつむいた。俺はいらついて吐き捨てるように言葉を投げた。
「オマエここで帰ったらもう、二度と誘わねえから。ほかの奴らにも、おまえが怖がって逃げたって言うから」
友人は黙っている。
おれは舌打ちして前をむいた。
ふっと部屋の明かりが消えた。
しんとしずまった部屋を、誰かが歩いてくる。畳のみしみしと軋む音がした。
空気が攪拌されて、生暖かな風が首筋をなでる。
効果満点の演出に、さすがに腰が引けた頃、目の前の御簾の向こうに光がともった。
細いろうそくの光が部屋を照らしている。
「お待たせしましたな。おはなしをうかがいましょうか」
白髪の老女が白装束で正座していた。ばさばさの白髪交じりの髪、白目をむいた三白眼。小道具使いがうまいじゃねえかと俺は心の中で感心する。
「友人の霊を呼び出してもらいたい。そういうことだったね」
神妙な顔で頭を下げると、彼女はうんと頷いた。
「わたしが呼び出しできるのは一度だけ。会話ができるのは死者とだけ。それでよろしいか」
確認の言葉にもう一度頭を下げる。後方の友人も頭を下げているはずだった。
「いいかい、覚悟がないなら出て行きなさい。今すぐ出ればまだ間に合う」
もう限界だったのだろう、友人がひっと悲鳴を上げて部屋から逃げ出した。臆病なヤツだ、つかえねえ。だが俺はヤツとは違う。やると決めたことはやる。
「いえ、このままお願いします」
俺の決意が変わらないと見て、老婆がため息をついた。
「仕方ないね。それで、誰と話がしたいんだい」
俺が友人の名を告げると、老婆は目を閉じて、口の中で小さく何かをつぶやいた。しばらくして顔を上げた。
「その人は死んじゃあいない。だからわたしと話はできないよ」
俺は驚いて息をのんだ。試すだけのつもりだったが、本物とは恐れ入った。俺は頭を下げて「帰ります」と謝った。
「どこへ?」と老婆が問いかける。静かな声だが、強い口調だった。
「私と話ができるのは死んだものだけだって、最初に言ったろう」
ふっと明かりが消えた。俺は漆黒の闇の中に取り残された。出口の方へと当たりをつけ、はいつくばったまま手探りで進む。
這い出すうちに、手に触れる畳の触感がいつの間にか消えた。ざらついた土に、さらに小石混じりの路面へと変わっている。
ふっと明るい場所に出た。薄闇の中、顔を上げると目の前にはごうごうと流れる太い川があった。灰色の河原が広がっている。
――三途の川。
『生きてる人間を呼び出すと、死ぬ』
そういうことかと理解して、俺は肩をおとしてうなだれた。噂は本当だった。友人はたしかに一言も話をしていなかった。
待合所で部屋に“呼び出された”のも、会話も――俺ひとりだったのだから。

魔法使いが現れた。
何でも一つ、願いを叶えてくれるという。何でもいいの?と聞くとなんでも、と答えた。
鳥になって大空を飛ぶのは楽しそうだけど、そのまま戻れないのは困る。
モデルや俳優になるのもいいけれど、ずっと追いかけられるのは面倒そう。
お金をたくさんもらってもいつかはなくなるだろうし、
ほしい物はたくさんあるけど、今ある物じゃない物がほしくなること立ってある。
それよりも健康?だけど、今は十分健康だし。
恋人も悪くはないけど、まだ一人に決めたくはない。
もてもてになるのもいいけど、妬まれでもしたら面倒くさい。
悩んで、おそるおそる聞いてみた。
「あのう、願い事がたくさん叶えられるようになりたい、ってそういう願いなんて・・・だめよね?」
「かまいませんよ。それでいいですか?」
魔法使いが杖を振った。

願いは叶った。
願い事はいくらでも叶えられる。それこそ無尽蔵に。
――私は杖に姿を変えられた。

新しい魔法の杖を手に入れて魔法使いはにこにこと家に帰った。
「前の杖は願い事を100個叶えたいだったな。今度は限度なしか。いい杖を手に入れたものだ」

そう言うわけで、私はずっと誰かの願いを叶え続けている。
寒い朝だった。
部屋の中にいるというのに、息が白い。こういう時はぎりぎりまで布団に潜って、差し込む日の光で部屋が暖まるのを待つのが一番だ。なにしろ失業中の身で、暖房に回す余裕がない。
頭の上まですっぽりと布団を引き上げ、おれは二度寝の体勢に入った。
「なあなあ、起きてや。外見てやあ」
ぱたぱたと音がして、あらしが部屋に駆け込んできた。
 おれはしぶしぶ顔を出した。寝た振りでやり過ごしたいところだが、こういう時に無視すると、あとでやっかいな目に遭うことが多い。
「お寝坊はあかん。しゃきっとせな」
あらしが布団の横に立ち、腰に手を当てて見下ろしてきた。口が愛らしく尖っている。
「これから雪になるって。今のうちに庭かたしておかな、きつうなるよ」
「庭?」
「そうやあ。昨日の風であちこち痛んでるから、直してなあ。そういう約束だったやろ」
 家の保守・手入れは自分ですること。確かにそういう条項はあった。格安家賃の代わりとしては、妥当なものだろう。
「それは覚えてるよ」
 おれは頷いて、布団から這いだした。どてらを羽織り、窓のカーテンを開けた。差し込む光が目に眩しい。
「これは……」
 見慣れた庭の様相は一変していた。昨夜の暴風に吹き飛ばされたのか、立木が折れ、どこからか飛んできた板切れが散乱している。
 窓から身を乗り出して見渡せば、あまどいにも引っかかった枝が垂れ下がり、下には瓦が数枚、割れている。なんともひどい有様だった。
「な? 荒れてるやろ」
「まあ、部屋の中も酷いもんだけどな」
 周りを見渡して俺は苦笑した。毎朝のことだが、あらしは本当に働き者だ。狭い部屋の中とはいえ、散乱したモノで足の踏み場もない。おれはつま先でうまく避けながら部屋をでた。

 玄関のドアを開けると、すぐ前の枯れ木の枝に赤い色が見えた。何かが引っかかっている。
 近づいてみれば、指の先に乗るくらいの、小さなトカゲだった。鱗を鈍色に輝かせ、どこからか飛ばされてきたのだろう、糸に絡んで身をくねらせて暴れている。時折、口を開いて真っ赤な舌を伸ばしては、ちいい、と威嚇音を発した。
 外してやろうと手を伸ばしたが、カッと開いた口が恐ろしい。長い尾を左右に揺らして、攻撃態勢をとった。視線に気圧されて、おれは一歩後ずさった。
「待てよ。怖がらなくても、はずしてやるだけだって」
 指を寄せればシャーと口を開いて、噛みつきにかかってくる。宥めようにも言葉がわかるわけもない。この元気ならすぐに死ぬこともなさそうだし、庭を掃除するのが先でも平気だろう。そう判断しておれは立ち上がった。
「しばらく待ってな。後でまた来るから」

 倒れた鉢を起こし、折れた枝を拾い集め、とばされた道具類を所定の位置に戻す。
 部屋の中から窓越しに、あらしがあれこれと指図してきた。正直なんの役にも立たないが、側にいて邪魔をされるよりは格段にありがたい。細かな木ぎれやゴミを集めて一カ所にまとめると、すっきり片付いた。
「こんなものかな」
 おれは辺りを見回して、取りこぼしのないことを確認した。身体を動かすことは嫌いではない。うん、と伸びをすると朝の空気が気持ちよかった。どこかで鳥の声がする。雪になるとあらしは言ったが、まだその気配は感じられない。
「ああー、きれいになったねえ。これならいいなあ」
 あらしが窓に手のひらをぺったりとつけて庭を覗き込んできた。小さな手がふたつ並んでいるのを目にすると、気持ちがほんのりと温まった。自分でも意外なほど穏やかな心持ちだった。ロリコンとは断じて違う。小さな子供を持つ世の中の父親というのはこういう気持ちなんだろうか。だとしたら、家庭を持つのも悪くない。
 おれの感傷を打ち消すように、あらしがバンと窓を叩いた。ガラスがびりびりと振動する。
「ぼんやりしとらんと、部屋の掃除がまだや。すぐかたしてよう」
「ガラスが割れるから、やめろって」
「いややあ。はよ戻って」
 まるきりだだっ子だ。小さな子供の親は、毎回こんな理不尽な目に合っているのか? おれはため息をついて玄関へと向かった。途中、細い木の枝を見つけて手にした。これでトカゲを押さえて糸を外してやるつもりだった。噛みつかれるのはごめんだが、かといって凍死するとわかっていて放置するわけにもいかない。
 逃げてくれていればいいと願いながらさっきの場所へ戻ると、トカゲはまだ動けずにいた。爛々と目を光らせ、枝を差し出すと、かっと口を開いて威嚇する。
「ごめんな、外してやるからちょっと我慢してな」
 謝りながら枝で首元を押さえつけた。その瞬間、目の前をピシッと光が弾けた。突き刺さるような痛みを指に感じた瞬間、何かに突き飛ばされて、おれは横に吹っ飛んだ。
「あかんよっ!」
 あらしの後ろ姿があった。その向こうに、細い炎がねじれながら立ち上る。鎌首をもたげてゆらり、とこちらに照準を合わせた。中心でぎらぎらと金の瞳が燃え、赤黒い炎が渦巻いていた。
「ここはあたしの土地や。余所んちで勝手はあかん、そういう決まりやろ、こらえてや」
 あらしが両手を広げて、火柱と俺との間に立ちはだかっている。あらしが一歩、足を踏み出した。炎が噴き上がり、小さな身体が包み込まれる。また一歩、進む。更に火勢が強まり、あたり一面がオレンジに染まった。熱風が吹き荒れて、息も出来ない。庭木が黒く焦げてしなる、枝がぴしぴしと音を立てた。
「あらしッ!」
 助けに行こうにも身体が動かなかった。渦巻く烈火になすすべもないまま、おれはただ、その場であらしの名を呼んだ。眩い光が細く細く一筋に流れた。炎が少しずつ小さくなっていく。すいと空へと伸びて、雲の中へと消えていった。
 地上には小さな着物姿が、何事もなかったかのように立っていた。
「あらし」
 おれが這い寄ると、あらしがほっとため息をつき、ぷうと頬をふくらませた。
「余計なことをする。龍に絡んだ呪詛の糸は今あたしが解いたったけどな、無茶すぎてあかん。あたしがおらんかったら龍の火に焼かれてたなあ」
「龍? 龍には角があるんだと思ってた」
「封印が解けたら、ちゃんと角があったやろ」
 見えなかったというと、あらしが肩をすくめた。
「まったく、人間が神さんに対して棒っきれを向けるとか、そら不敬や。その程度ですんだのはもうけもんやって、わかってる?」
「その程度……?」
 おれは手を見た。なにも変わってはいないように見える。
 なんだかいやな予感がした。あらしが興味深げに覗き込んだ。
「あんなあ、あんたの小指の糸、焦げてもうたみたいや。きれいさっぱり消えとるなあ」
「え」
「赤い糸、いうん? 繋がってた縁がなくなっとるよ。まあ、たいしたことやないね」
 たいしたことがあるかどうかはおれに決めさせて欲しい。そういいたかったがショックで声が出なかった。大きな望みというのではない、ただ普通の幸せ――温かな家庭が手に入らないということか。おれはへなへなとうずくまり地面に両手をついた。顔を上げる気力すらなかった。
「そんなへこまんでも、たいしたご縁やなかったって。それよか、これ見てなあ」
 あらしが握った手を顔の前にして、開いてみせた。瑪瑙のかけらがいくつか乗っている。
「石?」
 差し出されてよく見れば、内側で炎が揺れている。 
「宝玉やな。良かったなあ。赤い糸なんて誰でももっとるけど、これは持ってる人おらんよ」
 あらしがにっこり笑って雲に透かした。小さな手の中で、石が夕焼け色にきらきらと輝いた。
 焼き芋はちょうどいい具合に、ほくほくのできだった。
「おいしいなあ」
 あらしがふうふうと息を吹きかけながら、熱い芋にかぶりついた。 縁側に座って、脚をプラプラさせながら笑う。
「こういうのって久しぶりやから、うれしいなあ?」
 みあげる頬に黒く炭がついているのを、おれは袖で拭き取ってやり、隣に座った。
「ほんと便利やし助かったやろ? あたしのおかげやねえ」
 片付けのあと、庭の隅にまとめておいた枯れ枝や板きれを燃やすときに、あらしが芋をつっこんだ。
 火をつける段に、あらしが龍神に貰った石を投げ入れた。ぼうと炎が立ち、白く煙がたなびいた。一瞬、煙が白く龍の形を描いて、すぐにあっけなく消えた。――それで全てだった。
 おれは両手を開いてみた。何も変わってはいないように見える。
「遠慮せんと食べ? 終わったら部屋のなかも片付けんとならんし、力つけんとね」
 あらしがはふはふしながらこちらを見上げる。おれは頷いて空を見た。厚い雲に覆われた灰色の空からは、ちらちらと黒く雪の破片が舞い降りて来つつあった。