我が学舎ぞ 42つの大きな心の寄り所つまり、僕が共に6年間通った小学校の校舎と中学高校の校舎。これらが、くしくも時を同じくして解体されようとしている。数年後、ふと母校に帰ったとしても教員や周りを囲む景色は以前のままかもしれないがそこにあるのは、見慣れない異質な物体である。それを見て素直に受け入れることができる寛容さを僕は持ち合わせているのだろうか。とはいっても、市や理事会が話した結果、安全面なども考慮した上で出した結論。一人の卒業生の個人的な意見でどうこうなる問題ではない。わかっている。でも惜しい。『思い出は胸に刻んだ。写真の中で生きて行く。』それに加えて僕の支えになっているのは実体としての校舎が、僕の思い出といつも共にあるあの校舎が、この世界のどこかに残っているという安心感なのかもしれない。僕の志の原点でもある学舎(まなびや)。今も目を閉じれば広がる思い出。僕は一度に2つもの「大きな」ものを失うことをいまだに受け入れられずいる。そんな思いを抱きながら、有機化合物の構造異性体の数を数えていた秋の日の午後だった。