八ヶ岳は、山梨県と長野県に跨る南北30Km の大火山帯。

6月から7月にかけ稜線は数々の高山植物に彩られ、正に「天空のお花畑」に心を奪われます。

 

ツクモグサ  八ヶ岳・横岳の岩場に群落し、6月に入ると真っ先に稜線を

         彩ります。親指程の大きさ、産毛の様子はヒヨコの様な愛ら

         しさです。

 

ミネズオウ   硫黄岳山頂付近に多く自生します。

          小指の先ほどですが、群落し一面ピンクに染まります。

 

イワウメ  岩肌にしがみ付くように群落しています。

       純白の花色が八ヶ岳の青空に映えます。

 

オヤマノエンドウ(紫)  明るく開けた稜線に群落します。

キンポウゲ(黄)     奥に霞むは阿弥陀岳。

 

チョウノスケソウ   発見者の名前に由来します。

             主峰・赤岳をバックに、明るい稜線の岩場に多く、

             小判型の葉っぱで直ぐ見分けがつきます。            

 

ウルップソウ   硫黄岳の開けた火山灰地に群落しています。

           特徴的な花の形が目を引きます。7月中旬

           に満開を迎えると、高山植物の夏山シーズン

           は間も無く終わりを告げます。          

 

コマクサ   「高山植物の女王」と称えられる代表種。

         7月初旬から中旬にかけ硫黄岳の火山灰地

         に 群落し、一株は掌にスッポリト収まる程の

         愛らしさ。

7日目

旧東海道巡りの旅も今日が最終日。人通りの無い早朝の宿場町に一人別れを告げ、

目指すは、京都!

 

沓掛宿の先、鈴鹿峠は山間の道を愈々高度を増していきます。

R1号線の橋脚によって分断された旧東海道。コンクリートに覆われた旧道は、何やらチョッと悲しげ。

 

「坂は照る照る、鈴鹿は曇る。間の土山、雨が降る」

鈴鹿峠が開かれたのは、今から1100年前。険しい山道と山賊の恐れから、箱根に次ぐ難所とされる。

現代では直下をトンネルが走り車での通過も容易であるが、ここはやはり徒歩で往時を楽しみたい。

 

木立を抜け、開けた近江側に建つ一際大きな常夜灯。

ここを無事に越えれば、琵琶湖まで55Km を一気。

 

 

東海道(R1)を寄り道し、忍術の里「甲賀」へ。

 

 

 

甲賀界隈、暫くは長閑な山里景色ながら、琵琶湖に近付くにつれ車の往来も激しくなり、草津~大津は足早に通過。

京阪電車と並行に、逢坂山の登りをジックリと。そして、下れば旧東海道は山科駅を正面に左折し三条通りへと合流。

地下鉄東西線・蹴上駅で南禅寺への道を分岐し直進すれば、ゴールの三条大橋。

 

東京・日本橋~京都・三条大橋 510km。

 

6日目

伊勢湾に接する名古屋界隈は木曽川、長良川、揖斐川と大きな川も多く、かつては交通の難所とも謂われたエリア。

天守閣を監督した加藤清正像の向こうに金鯱。

1615年 徳川家康の命により建てられた名古屋城は、戦災による消失後も復元により往時の姿を鮮やかに伝えていてくれました。

 

ここ「七里の渡し」で旧東海道は海上を、お隣の桑名へ。

 

そして対岸の桑名で名物「焼き蛤」を1つ頬張り、旅の思い出に。

旧道は静かな住宅街に延び、暫くして広大な工場群を抱える四日市へ。

 

四日市~鈴鹿~亀山は交通量も激しく要注意。

関宿は旧東海道中唯一現存する江戸時代の街並みで、観光地化していない静かな時間だけが流れています。ここは是非寄り道してのんびりと散策し、江戸時代の風情をお楽しみください。

 

明日は、いよいよ「鈴鹿峠越え」。伊勢から近江へ、更に旅は続きます。

 

5日目

浜松駅を早朝にスタートすると、ここ舞阪宿には昼食前の到着。通りには「鰻」の看板が多いが、残念ながらどの店もオープン前で、仕込み中の香りだけを楽しませていただきました。

 

舞阪から新居宿は、浜名湖の河口を当時は船で往来。

緩やかな流れと潮の香。湖岸道路にはヤシの木が大きく茂り、何やら南国ムード。

 

平地を快走し新居宿。

 

豊橋の街中を走る路面電車にご注目。

 

国道を1本奥まり藤川宿。宿場入り口の浮世絵は、今は復元され、旅の風情を感じさせてくれます。

 

そして岡崎宿。徳川家康の生地で、町中に広大な岡崎城が聳えます。

1645年創業のカクキュー八丁味噌。家康の健康と長寿は、この豆味噌に支えられていました。

 

熱田神宮

御神体は「三種の神器」の1つ、草那藝之太刀(くさなぎのたち)が祀られています。

織田信長が桶狭間の戦の折に先勝祈願し、見事勝利を収めたことでも知られます。

 

浜松から名古屋 120kmを走り抜け、〆は名物・味噌カツで空腹を満たします。

これは、名古屋ならではのビール?!

 

 

更に、旅は続きます。

 

4日目

静岡駅から北に官庁街のビルの一角にある「西郷・山岡会見の地」。

明治維新史を語るには外す事の出来ない貴重な、まさにこの場所。

何だか、緊張感が伝わってきます。

 

静岡市街地を抜け最初に渡る安倍川。

橋の手前に建つ「元祖安倍川餅」。目立つ佇まいなので、見逃すことはありませんよ。

 

安倍川を渡り切り街並みを暫くすると「鞠子宿」。

歌川広重の浮世絵でも紹介される「丁子屋」さんの創業は慶長元年(1596年)で、静岡県下一番の老舗。

当時と変わらぬ佇まいで「名物とろろ飯」を楽しませてくれます。

 

 

更に進めば、旧東海道の難所の1つ「宇津ノ谷峠」。

車でトンネルを抜ければあっという間ですが、ここは是非寄り道をお薦め。

宇津ノ谷宿の佇まい、どうぞ静かにお寛ぎ下さい。

 

宇津ノ谷峠は羽柴秀吉が小田原征伐のために開いた道。

今は、峠直下に明治から平成へと4本のトンネルが開通しています。

これは「明治のトンネル」で、明治時代の貴重な文化遺産に指定されています。

 

 

並行する大正のトンネルを抜け岡部~藤枝を快走すれば、「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川。

南アルプス・間ノ岳を源に160Km。暴れ川として知られた難所。

 

大井川を渡り切り金谷へ。

牧ノ原台地に駆け上がる途中「金谷坂」には、旧道石畳の道が復元されていました。

 

牧ノ原台地、一面の茶畑を走り抜け掛川へ。そして、袋井宿。

ここは旧東海道27番目の宿で、江戸日本橋から240Km。

茶屋では地元の皆さんのご厚意により、無料でお茶が振る舞われています(17時まで)。

 

 

諏訪湖を源にする天竜川。

これは「渡し場」の跡で、ココを渡れば目指す浜松はもう僅か。

 

浜松駅界隈の高層ビル群が近づくにつれ、時代をタイムスリップした今日の静かな景色が蘇ります。

 

更に、旅は続きます。