廣田信雄杯とは、「2年に1度男性と女性が交代でスカッシュ界NO1を決定する大会です!」と言い続けてやってまいりました。。
 
スカッシュ界の本当のNO、1はどこだ?
 
これは僕がずっと前から思っていたことでして、廣田信雄さんが亡くなる前から信雄さんに話していた事なんです。。
 
信雄杯が始まる前、まだ僕がプレーヤーとしてスカッシュライフを楽しんでいる頃の話。。
 
僕はこれでも昔はプレーヤーとしてはトップクラスでして、いろんな大会で上位入賞させていただいてたんです。。
 
何度か優勝もさせていただきました。。
 
当時は天王クラブ、朝ヶ丘、高須、清水など先輩強豪チームがいまして、そこにデンタルズ、潮江南、佐川レッドなどの若手チームが加わりまして一時代を築いていたわけであります。。
 
ナイキパワーズや南国VICTORYやハッスルなどが頭角を現すまだ少し前の頃。。
 
もう今の世代にはわからない人もいるのではないでしょうか。。
 
その頃上記のクラブは男女の人数も多く、混合へ出場する事も多かったんです。。
 
するとリベンジに来たのに「前回の優勝チームは混合で出ちゅう・・・。。」なんて事で対戦出来なかったり・・・。。
 
年間の大会数が増えてきたから、どの大会で男性で出て、どの大会で混合へ出るのか、他のチームと合わない事が増えました。。
 
それと昔は大丸杯という大きな大会が年間に1度あるだけで、現在の連盟のように春夏秋冬にフェスと5回もありませんでした。。(地方大会も少なかった)
 
だから大丸杯の頃は少々の予定や仕事があろうが出場していたように思います。。
 
ですが大会が増えた後には「今回は都合が悪いき次にするか。。」なんて事もありました。。
 
だから昔は僕が各チームと、「なるだけ春と秋は男性で出場して、あとは混合にしませんか?」みたいな事をお願いしたりしてました。。
 
そうじゃないと優勝しても天王さんがおらんかったとか、デンタルズさんが来てなかったとかなると価値がないような気がしまして。。
 
 
そこできちんと開催日を決定して部門も1部門のみ、良い訳なしの真剣勝負の場を作りたかったんです!
 
そしてその計画がまとまりかけた頃に信雄さんが亡くなられたので、信雄さんの追悼大会としてスタートし、スカッシュ界に命がけで貢献された信雄さんの名前が相応しいと、そのまま現在まで使わせていただいております。。
 
この大会が出来た事で出場チームには混合を気にする事無く出ていただけますし、チャンスが2年に1度しかないので何があっても信雄杯だけは出るという風に思っていただけるんではないかと思いました。。
 
そして何故2年に1度男女交代にしたのか。。
 
これはオリンピックやワールドカップのように大会から大会の期間が4年と長いほど、1大会にかける思いは強くなりますし、悔しさも大きいと感じます。。
 
そして連覇する難しさやその偉大さもアップします。。
 
スカッシュバレー界の他の大会と一線を画し、NO1の称号を与える為には1年に1度ではダメではないかと。。
 
かといってオリンピックのように4年に1度では今のスカッシュ界では気持ちが冷めてしまう。。
 
男女を交互にする事でそれぞれは2年に1度だけど、毎年佐川で廣田信雄杯が行なわれることとなり、信雄杯の熱が長い期間によって冷めないようにしました。。
 
それと男性の時は女性が大会を運営し、女性の時は男性が大会を運営するという将来スカッシュでの理想。。
 
もちろん今の信雄杯でも確立はしてませんがそのデータを取る事ができました。。
 
これが確立すれば現在の体育館問題の解消や運営役員の負担軽減、プレーヤーが集中出来る環境を作ること出来ます。。
 
つまり将来のスカッシュ界の為でもあるんです。。
 
 
ちなみに第4回大会までは女性の部に限り、主審も男性が行なってきました。。
 
これは選手に少しでも試合に集中してもらうようにという事と、スピードになれた男性の主審でミスジャッジを軽減させたいという事。。
 
これも審判制度が確立すれば現在でも可能ですし、メジャースポーツのような審判制度も不可能ではないです。。
 
ただこれを廃止したのはデータが十分に取れた事と、女性審判の判断力低下を解消する為。。
 
 
今回は信雄杯の開催理由を書きました。。
 
2年に1度や、男女が交代で開催する事、審判を男性にやらせる事など、他の大会には無いシステムだと思いますが、こういう事が正解だとは思ってません。。
 
あくまでも理想を求めて試してみる事が大切やと考えてきました。。
 
実際いろんなデータが集まってます。。
 
それを元にまた新しい事に挑戦しスカッシュ界の可能性を広める事が出来るのです。。