街はハロウィンの喧騒に包まれているのだろうけれど、ここはいつも通り静かだ。
先刻まで音も無く小さな雨粒が落ちていたようだったけれど、それすらももう去っていった。
細い三日月が雲間に時々現れる。
星も無く、ハロウィンには最適の夜だ。
きっと数多の悪霊たちが徘徊して、夜の闇を味わい尽くしているのだろう。
楽しい夜を、と、誰に言うというのでもなくグラスをかかげる。
本当はこの夜が嫌いだ。
馬鹿騒ぎが苦手なこともあるけれど、それ以上に誰も彼もがそのお祭りばかりに熱を上げて他のこと全部忘れているらしいのに耐えられなかった。
暗闇に潜む何者かの影も、それが悪戯を企む子供たちだったとしても、怖かった。子供だった頃は特に。
まだ幼い幼い頃には両親が傍にいたから、気づきもしやしなかったけれど。
そもそも我が家にはハロウィンという習慣は無かったし。
だから僕の記憶の中、そんな楽しい思い出しかないこの日が意味を違えてしまったあの日からずっと毎年毎年この日が苦痛でしかなった。友達もいたけれど、心の底から全てを話せるような相手はまだいなかったからずっとひとりで早く一日が終ることばかりを願っていた。
大人になっても周囲ではそれなりに行事としてのこの日が楽しまれていたようだけれど、無関心を通してきた。Studentという地位からさえ抜け出せれば、周りに合わせなければという苦痛はかなり軽減されるからどうにでもなった。
ただ一人、息を潜めてこの夜をやり過ごすことができさえすれば。
孤独な夜のひとつだと思えばそれは簡単だというのに、大人になるほどそれは子供だった頃より如実に痛みを感じさせるのが不思議だ。好きなものや無くしては困るものがひとつひとつと増えていくたびそれは酷くなる。馬鹿みたいだ、と笑いたくなるほど弱い自分自身を自覚する。
ああはやくこの夜が終らないだろうか?
いっそ徘徊する悪霊にでも魂を手渡してしまえれば楽になれるのだろうか、うろうろとどこにも行けずそれでも美しい空の国を探しては歩き回ることを止められない者たちの。
そこは確かに祝福に溢れた素晴しい場所なのだろうけれど、ただ時の止まった生ぬるい場所は多分僕には合わない。そんな何もかもとソリの合わない僕のもとには悪霊すら訪れるようなことは無かった。
今夜も夢もみず眠りたいと思うのに、さっきからアルコールを流し込み続けているはずの身体も脳も冷め切って、眠気などこれっぽっちも感じやしない。
ぽっかりと暇になってしまった夜をもてあましてばかりだ。
もう灯りを消して、ともかくベッドに行ってしまおうか?
そう思ったその時、
小さなコール音が響いた。
こんな夜更けに、ほとんど鳴ることのない携帯電話の着信音
ああまさか、と思ったけれどそれはほんとうに今会いたいと思ったひとからのもので、僕は信じられなくて液晶にならぶそのひとの名前をじっとみつめる。こんな機械にむけたところで馬鹿らしい、嘘じゃないのかなんて馬鹿げた問いかけをしたりしてそのコールに出られないでいる。
聞きなれたコール
それの意味すら忘れたみたいにただぼうっと見ている僕。いいかげん切れてしまうだろうに、なんてことに気づいたのはもう何十回とその音を聞いた後だ。それは辛抱強く鳴り続けて僕を待っていてくれるから、ようやく着信ボタンを押す。
Happy Birthday
回線がつながった瞬間、低い声が一番僕の欲しかったものをくれたから、僕は嫌いなものをひとつリストから削った。
commando Blue