高校に進学し、
わたしはまた恋をしました。


中学時代の恋愛は
酷くつらいものだったので

その恋のことは秘密にしていました。



しかし高校1年の秋に、
また問題が起こりました。



クラスメイトだった女の子に
相談を受けた事が始まりでした。


交際していた彼にフラれてしまった、
ヨリを戻したいので間に入ってほしい
という話でした。


彼女をフった男の子は
わたしの幼なじみでした。
縁あって幼稚園から高校まで同じでした。


それほど親しくもなかったのですが
心底困った様子の彼女を見捨てられず
間に入ることになりました。

相談を受けるうち、自分のことも話したので
すきな人がいるわたしに
彼女自身、安心して頼んできたようでした。



間を取り持つと言っても
わたしは幼なじみの彼に
元カノと一度きちんと話し合うべき
と伝えることしかしていません。

なぜなら彼が、
強く別れを望んでおり
彼女の着信等を許否していたからです。

他人からも圧力をかけられれば
どんどん状況は悪くなると思い、
彼の気持ちも聞きながら
説得しました。

途中、
お前は すきなやついないのか?
恋愛したことあるなら、おれの気持ちも
もっと分かるはず
と言われたので

今、すきな人がいると
名前も教えました。


すると彼は
わたしに好意を寄せるように
なってしまいました。


これはきっと、
わたしに魅力があったわけでも
彼をたぶらかしたわけでもなく



わたしたちが、
幼なじみであったことが
問題だったように思います。



何の取り柄もないわたしでも
幼少期から知っているために
独占欲のような感情が
彼に湧いてしまったのだと思います。



彼の心の動きには
わたしに相談を持ちかけた彼女が
いち早く気がつきました。



そして、わたしが片想いしている男の子と
わたしの関係を
幼なじみの彼が邪魔していると
噂を流したのです。

幼なじみの彼はもちろん激怒し
彼女は、全く取り合ってもらえなく
なってしまいました。



彼とヨリを戻せなくなった彼女は
行き場のない怒りを
わたしにぶつけるようになりました。



毎日の嫌がらせメール
根も葉もない噂を流され

疲れたわたしは
片想いの彼を諦め
似合わないショートカットにしました。



もう、恋をするのはやめよう。
そう思った出来ごとでした。




2月13日(火)     ぺちか。

中学校に上がり、
部活動に入部すると
親友と呼べる友人がひとりできました。

彼女(A子)とは、たくさん話をしました。

毎日の他愛ないこと、
先生の噂、
すきな本の話、

そして、わたしの

初恋相手のこと。

同じ部活内に、すきな男の子がいました。
すきでいられるだけで幸せで
本当に楽しい時間だったと思います。


だけど、
それは長くは続きませんでした。



いつからだったのか分かりませんが、

親友と思っていた彼女が、
わたしの片想いの彼を
すきになってしまったようでした。



A子は、そのことをわたしに伝えることはなく
他の部員の協力を得て



わたしと
わたしに好意を寄せていた別の男子(Bくん)を
引き合わせる行動をとりました。



外堀を埋め、
お互いに好意をもっていると
噂を流し、



それは、わたしが気付かないうちに
わたしの片想いの彼の耳にも

届いていました。



友人関係を築けていた片想いの彼から
避けられるようになり

わたしは好意を寄せることを
迷惑がられていると思い


恋愛感情をもつことをやめました。



そのことは、ずっと
親友であったA子に相談していました。


そして、片想いを諦めたタイミングで
Bくんから告白され、
交際が開始されました。


Bくんからの告白を受けたとき
A子は

相手は両思いだと思っている
周りのみんなも、そう思っている
それを断るのはどういうことか
分かる?

と聞いてきました。


わたしには、よく理解出来ませんでしたが
きっとこの話は断ってはいけないのだと
思いました。


それは、中学2年に上がって
間もない頃の出来ごとでした。



そして、中学2年の1年間は
クラスのみんなから無視されたまま
過ごしました。



始まりは、クラスの中心的存在の女子生徒に
目を付けられてしまったこと。


後に、そのグループのひとりに
あなたに、彼氏ができたことが
気に入らなかった

と、言われました。



誰の視界にも入らないわたし。
誰とも関わらない、否、関われないわたし。

担任教師は、そんなわたしの状況に気付かず
通信表の生活態度のページ
公平・公正から丸を消しました。

人と関わっていないわたしは
人に公平ではないと判断したのだと思います。



クラスの中でひとりで過ごした1年。
わたしは突発性難聴を発症し、
方耳が聞こえないまま生活していました。



不調を訴える体とは裏腹に
心は少しもつらいと思いませんでした。
きっと、感情が死んでいたのだと思います。



イジメは順番に回っていました。
それに気がついたのは
無視されるようになってから
数ヵ月後、イジメグループの中のひとりに

次のターゲット、あいつだから
明日から無視して

と、言われたときでした。



わたしは、
そんな言葉を吐く彼女が
怖くて怖くて怖くてたまりませんでした。



彼女の言うことを聞いて、
次のターゲットを無視することは

わたしが、わたしである最後の意味を
生ゴミに捨てるようなものでした。

聞き入れられず、
その子(次のターゲットといわれた子)に
話しかければ
ターゲットはわたしのままでした。

それでも、
誰かを無視するわたしより
誰にも認められないわたしの方が
ずっと気持ちが楽でした。



イジメが始まってすぐ、
わたしはBくんと別れることにしました。

A子に、
自分の彼女がイジメられっ子って微妙
と言われたのがきっかけでした。


Bくんは、わたしと付き合うことを
恥ずかしいと思うだろう
そんな風に思われながら交際するのは
つらかったのです。


Bくんと別れると今度は

こんなに短期間で別れるなんて
周りは貴方を良く思わないね
Cくん(わたしが片想いしていた彼)も
貴方を軽い女だと思ってるよ

と言われました。



そして、中学2年生が終わる頃
その後のわたしの人生を
大きく変える出来ごとが起こりました。



A子のカミングアウトです。

今まで、Cくんとわたしを引き離すために
自分が何をしたのか話し、

最後に、

あんたはさ、敵にしたら面倒じゃん?

と言われました。


幼少期の経験から
嘘はつかない(嘘をつくと酷い目にあってきた)
何事も正面から受け止める、

良くいえば正直者
悪くいえば偽善者のわたしは

彼女の恋敵としては
面倒な女だったのです。



それ以降、わたしには
友人と呼べるひとはいません。

形だけの付き合い
クラスメイト
それっきりの関係。

学校を卒業しても連絡を取り合うような
そんなひとは出来ませんでした。



それほど、
衝撃的な出来ごとでした。



2月13日(火)     ぺちか。

小学校の同級生は
わたしが泣いたところを
見たことがありません。



泣いたって助けてくれない世界に
絶望なのか諦めなのか、

どっちとも取れない感情だけいだいて、

小学校6年間を過ごしました。



田舎の小学校。
持ち上がり、一クラス。



6年のうちの半分ほど、
何も覚えていません。



楽しかった遊び、
すきだったもの、
大切にしていたもの、



これらのものが、
まったく思い出せません。



友だちと遊ぶことも
ほとんどなく、
家の手伝いをしていた、



やっぱり、
親の顔色を伺ってばかりでした。



つらかったことを
たくさん覚えていることより

この、何も覚えていないことの方が

わたしは怖いなぁ、と思います。




2月10日(土)     ぺちか。