【愛ちゃん│自己探求愛の専門家】
適応障害を発症し一気にどん底へ落ちた
主任介護士の私が、
5年かけて心療内科を卒業!
マインドセットし
『自分』を愛せる私へ🕊️
ありのままに自分を
生きるヒントをお届け💌
はじめましての方はこちらから🤍
こんにちは!
介護士さん向けコーチング主宰
あいこです😽✨
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自己探求プログラム第2期の
ご案内が始まって、
仲間が集まってきています♡
\\
内観を毎日コツコツ実践ベースで
積み重ねていくので、
既に開始して2週間で
沢山の気づきを得られているKさん💎
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最近になってインスタのDMから
お仕事や人間関係のお悩みを頂くことが、
ありがたい事に増えてきて💌
その中で多かったのが、
変わりたいけど変われない。。。
現状から抜け出したい!
けど勇気がない。。。
っていうお話💭
過去から現在にかけて
職種も働き方も大きく変化できたのは、
🌸自分の存在を俯瞰して見る目
🌸大切にしたい在り方を選択する勇気
を養い育てたからだと思ったんですよね。
この変化が形となった
ここ2年間が1番
自分が軽く生きてるなって
感じています❣️
5年前までの私はというと、
常に悩みが付きまとっていて
仕事もセカセカ、
プライベートも疲労困憊。
新卒から約10年間同じ病院に
勤めていたわけなんですが、
組織も大きく人数も多いので
良くも悪くも同調圧力もあって👹
これは組織を批判してるのではなく、
人数が多いからこそのデメリットという意味ね💡
勤務ももちろんシフト制なので
生活バランスも不規則。
年々経っても夜勤前の憂鬱は拭えず。。。
私っていつまでこの生活
続けるんだろう?って悩み続けていてね💭
当時同僚に退職しようと思うって
伝えて帰ってきた返事は、
え?
自分だけずる!!
確かに!
皆嫌な事があっても一生懸命
頑張っているんだから、
私だけ抜け駆けなんて
良くないのかもしれない💦
そんな一言言われただけで
瞬時にそう思うほどの社畜っぷり🤣🤣
そんな本当の自分の気持ちも
すぐ周りにかき消されてしまう私は、
もちろん自覚なんてあるわけなく😌
目の前の慌ただしい現場の波に
完全に飲み込まれて、
ただただ時が経ち
気付けば30歳も過ぎてて
疲弊しきっていつしか仕事へも
行けなく休職していた私に、
義父が人生を変える言葉を
くれたんですよね。
これまで人の為にこんなにも
頑張ってきたんだから、
もうこれ以上
頑張らなくていいよ。
この言葉が、
私が本当に働き方を
見直したきっかけでした。
もっといえば、
自分は誰のために生きるのか
に実は初めて向き合った
スタートだったのかもしれません。
そして今になって思う
当時の最大の勘違いは、
今の自分も自分で分かってないのに
理想の自分ばかりを探し求めてたこと。
どんな職種がいいかな?
経験を活かすためには同じ業界で、
勤務も夜勤はない土日休みで、
手取りは20前後でもまぁいいか!
でもそんなんで私満足できるかな?
もっといい条件はないかな?
なんて求人サイトを読み漁って
あっという間に溶ける休日。
あのね、総じて思うんです。
変わりたいのに変われなかった理由。
それは、
自分が条件付きの女
である自覚がなかったから。
故に自分がどう在りたいかを
軸に物事の選択を
できていなかったから。
です。
結局は外側ばかりに目が行き、
型にハマった考え方だから、
抜け出したくてもきっと今の延長線上のような
似たような自分にしか転生できなくて。
でもそんな自分を選んでいるのも、
皮肉にもまた自分なんですよね。
チャレンジしたいけど
環境の変化が怖いから、
安定を求めたくないけど
安心したい自分がいるから、
このズレまくっている思考の基盤は、
自分の中心軸がブレブレだったわけです。
やっぱり大切にしたい事って、
どっちの道を選ぶかじゃなく、
どっちの自分で在りたいか
だなって思うんです🙂↕️
だからこそ、
自分を俯瞰する目を
育てるだけ❣️
ただただ、
自分はどう在りたいかの
選択を積み重ねていくだけ❣️
ほんっっとうに、
自分を生きるって
シンプルだったの。
自分の可能性を広げていくって
実はシンプルだったの。
今の私は何に悩んでいるの?
どんな判断軸で動いてるの?
に自分で気づいて、
その上でどう在りたいの?
に答えて選択する。
本当にそれだけだった。
そしてこれまた思う💭
どう努力したって変わらない時間。
何にも代えがたい価値のある時間。
この与えられた限られた有限な時間を、
どう生きたいかという私の答えは、
死ぬまで成長し続ける自分。
これ一択だよね!ってこと♡
では、また☺️💗



