私が学生の頃からお世話になっている先生に会いと、頑張っている後輩たちを応援したいからだ。
今や全国大会に出場するレベルまでになり、私が学生の時よりもレベルがだんだん上がってきて、行くたびにうらまやしくなる。
私も全国大会行きたかったなー
あの場所に立ってみたかったなー
そんな昔を懐かしく思い出しつつ、将来のお話を先生とさせて頂いた。
「私でお役に立てることがあるなら地元で仕事をしたい」と言ったのに対し、
先生は「役に立つかどうかはやってみないとわからないね」と仰った
先生の言葉にハッとした。
私の言葉は、
役に立てるならやりたいけど、あなたじゃ役に立ちませんと言われたならやらない
と言ってるようなもんだなと反省したし、
実際にやってみないと役に立つかどうかなんてわからないなと思った。
ちなみに、【役に立つ】の意味を
流行りに乗ってAI に聞いてみたら
「役に立つ」とは、ある役割や目的に対して適切で、実際に効果を発揮したり、用が足りたりすることを指し、人や物事に対して「有用である」「力になる」「貢献する」といった意味で使われます。具体的には、何かをすることで良い結果を生み出す、問題解決に貢献する、人の助けになるといった状態を指します。
だそうだ。
いつからか《人の役に立つこと》が美徳と感じ、目標としてあげるようになっていた。
喜んでもらえたり、感謝してもらえたなら、人の役に立ててると勘違いしていたのかもしれない。
喜んでもらいたくて、顔色を伺っていたような気がする。それってきっと違うよな……
自分が本当に役に立っているかどうかは他人が決めることだろう。
組織が円滑に回ることかもしれない。
目標達成することかもしれない。
泣きそうな誰かの心がふっと軽くなることかもしれない。
どんな形でさえ、ゴールに向かって、目の前のこと、自分ができることに一生懸命に取り組むことが1番良いのかなと思った。
さて、今の私には何ができるだろうか……… ?