りゅうがさんののうみそ

りゅうがさんののうみそ

鹿児島出身のうたをうたうひとです。
りゅうがさんの気まぐれぶろく。

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みなさんこんばんは、みんなのアイドルりゅうがさんです。もはやこの始まり方も慣れすぎて周りに「えっ」って言われないと「えっ」ってならないくらいです、強い心で生きていきたいね。


さてさて、皆さんは春の始まり、いかがお過ごしでしょうか。私は花粉と大戦争、あいもかわらず、愛せないな、こいつとは相容れない。苦手な人とは距離を置けがモットーなのに苦手な花粉とは距離が置けなくてやってられねえぜ、はっ!って感じです。

嫌いな人を作らないってのがここ数年の心にひっそり目標にしてることなんですけど、おっそろしいくらいすぐ人を嫌いだなあと思ってしまうので、こっそり嫌いを苦手に変えてるところです。いや、別に嫌いでもいいんだけどね、ちょっとなんか柔らかくなるじゃん、嫌いよりも苦手な方が。


以前、某バンドのボーカルの方に「君は自分の為だけに曲を作ってる。良くない。俺は誰かのために作ってる。」って言われて速攻心を閉ざしたことがあるんですけど、いや、いまだに心のシャッター5個くらい閉じてるし、永遠にその人に対して心が開くことはないなと思ってるんですけど、確かに、私の以前の音楽は不幸を原料にして作ってるところがわりとあって、不幸じゃなかったら不幸になるために少しずつ幸せを壊していったりしてたんです。

不幸を元にした音楽はやっぱり自分の吐口みたいな部分が出てきてしまうし、エゴイズムに溢れた曲になってしまうことも多かったんだけど、別に自分のためだけじゃなくて、その曲を通して、何かを考えたり思ったりする人がいたらいいな、とか少しは気持ちが楽になったらいいなとか考えて作っていたのも事実だから一概に言ってんじゃないわよ!ぎゃんぎゃん!って思って作ってました。いや、今も変わらず。
ただ、今はいかんせんありがたいことに不幸を原材料にして作らなくても(むしろしてないからこそ)ゆっくりとこつこつと作ることができるようになって、もちろん私の作った曲で私の思い描いた歌で、私が歌ってるからエゴイズム溢れてるんだけど、今は全然吐口とかじゃなくて、不幸じゃなくてもいいんだよって思えてるからよかったなーって、ただそれだけのブログです。

ぽんって頭の中に思い描いた言葉をきちんと文字にしてしまいたくなるのは(支離滅裂だけど)きっと遠い遠い昔の私が文庫本まみれで文字に恋をしていたからです。しらんけど。


さーてさてさて、ダッシュで家事を終わらせてそろそろ寝たいなって気持ちになってきたのでブログはここいらで。

別に不幸になろうとしなくても、孤独は永遠に付き纏うし、幸せも不幸も案外ずっと近くにいるもんなので、貴方もわざわざ不幸にならなくてもいいんだよって気持ち、おやすみなさい。良き夜を。

かしこ