新渓園で、偶然観光案内のボランティアさんに遭遇した。
ボランティアさんに同行していいか?と尋ねると、了解を得られたのでそのままご一緒することにした。
新渓園から、大原美術館を通り抜け倉敷川を渡って大原本邸に向かう途中
スイレンが咲いている。
大原美術館の中
このスイレンは、あのモネの庭から譲られたもの。
とボランティアさんから説明を受けた。
あのモネ❗️
児島虎次郎が、大原孫三郎の意向を受け、絵画を求めて訪ねたモネ❗️
そのモネの庭からはるばるとやってきたスイレン❗️
モネの庭にあるスイレンと同じDNA をもつ。
なんか、感動ものですな🤣
そしてそのスイレンの絵が、大原美術館に飾られている。
モネが愛したもの。
時を超えて、モネが愛したものに出会えたことは、心を揺さぶるものがあった。
こちらは、倉敷川にかかっている今橋。
これを渡ると左手に大原本邸がある。
時の皇太子、のちの昭和天皇が御渡りになるということで、急遽作られた。
デザインは小島寅次郎。
皇室を意識して、菊の紋章。
将来天皇になられる方がお渡りになるということで、5本指の龍がかたどられている。
5本指の龍は皇帝しか使えない。
ちなみに庶民は三本指。
橋の中央に行くと、5本指の龍が右手に珠を持ち、高く掲げていた。
将来天皇になられる方に、敬意を表したものと思われる。
橋を渡ると、大原本邸がある。
国指定重要文化財。
入場料を支払い中にはいると、そこは土間。
左手に座敷。
田舎の家の構造。
私の育った家も、入口からはいると土間だった。
大原本邸パンフレットより
見づらいですが、横に修正する技術がないので、申し訳ない🙇♀️
この土間の感覚。
スーッと心に馴染む。
次の間は、大原家代々の家訓?が吊り下げられている。
つぎの間。
左手にかまどがある。
かつ障子には7代孫三郎その妻から長男總一郎にあてた手紙が映し出されている。
大原家のように、大金持ちの家を受け継いでいく長子というものは、責任がある。
それを自覚させるためのものか?
いずれにせよ、何年も続いた家を背負うものの責任は重い。
こちらは、街並みではない。
左手は母屋、右手は倉。
そう、この家は街並みと見迷うほどでかい。
右の蔵には、7代大原孫三郎、8代大原聡一郎の歴史を紹介している。
この空間を通り左にいくと、待望の庭がある。
一部だけ公開されている。
思索の間から見える庭。
ゆったりとしている。
その感覚は、新渓園とおなじ。
松は、育つまま枝をたゆめたり、歪めたりせず育てられた。
木のありのままの姿をいとうしいと思う故であろう。
ありのままの姿。
これは言うがやすし。
人もありのままの姿で、生き抜くのが潔い。
飾ったりせず、去勢を張らず。
ありのままでいること、の難しさをかんじた。
これは、庭園とは関係ない余分な追記であり、私が勝手に感じたこと。
私は、小島寅次郎の絵が好きだ。
40年ほど前、アイビースクエアで見た児島虎次郎の絵は
光と影をうまく描写し、昭和の時代を彷彿とさせるものだった。
貧しい中にも幼児を抱いた母の絵は、我が子に元気で生きろよ、という母の気持ちが現れている。
母が子を思う気持ちが、私の魂の隅々まで伝わってくる絵だった。
同じものを今回見て、同じ感覚を味わった。
40年経っても、良さは変わらない。
そう、小島寅次郎の昔の絵が、私は好きなのだ。
洋行する前の絵。
洋行して描いた絵は、明るくてすっきりして、いまいち心にしっくりこない。
でも、朝顔はいい。
朝顔 三部作
明るくていいです。
大原美術館の近くの旧銀行跡地に、小島寅次郎の記念館ができるそうです。
完成したら、是非訪問してください。









