まつりゅうの都議会情報

まつりゅうの都議会情報

東京都議会議員の松田りゅうすけから、都議会の情報をお伝えします!

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中学校英語スピーキングテストについて、入試に反映しないよう規定する「東京都立高等学校の入学者の選抜方法に関する条例案」について、東京維新の会は東京都議会立憲民主党と共同提案致します。

 兼ねてより本会議や文教委員会でも中学校英語スピーキングテストについては様々議論されてておりましたが、来年春の都立高校の入試に使用されるESAT-Jの試験は11月に迫っているにもかかわらず、生徒や保護者の懸念の声は収まっていません。「公平性や採点の正確性が担保されているのか」、「採点内容が非公開で信頼できない」、「経済格差による教育格差を助長させるのではないか」等、懸念を未だ解決できていません。

 文教委員会では陳情審査の際に、「中学校での学習内容から出題し、その成果を測るものであることから、授業で学習したことを習得することで、十分に対応できるものでございます。」と説明もありましたが、実態としては他の筆記試験の教科においても都立高校の入試に向けて学校外の民間教育でフォローを受けている生徒も多く、自主学習が筆記試験等に比べて行いにくいスピーキングテストについては、更に経済格差による教育格差を助長させるのではないかと、懸念を抱いております。また、文教委員会では「都立高校入試への英語スピーキングテストの導入の延期・見直しに関する請願」の扱いが話し合われましたが、継続審査となり都議会としても結論を先送りしたことも共同提案に賛成した理由の一つです。

 東京維新の会としては、スピーキングテストそのものに反対しているのではなく、前述の懸念を払しょくした後、本条例案を廃止する予定です。

 また、共同提案については、都民ファーストの会において会派内で共同提案者になりたい旨を要望したにもかかわらず、会派内の少数意見だった為に議運では共同提案者として認められませんでした。議員の議案提出の権限を認める地方自治法が軽視されていることに、都議会議員の一人として強い懸念を示します。東京維新の会としては、地方自治法に則り、共同提案を要望する議員が本議案の共同提案者になることを都議会にて求めて参ります。
 

7月30日の臨時党大会で松井代表の辞任が正式に表明され、8月27日に日本維新の会として初の代表選を実施されます。

2015年に代表に就任してから、苦しい時期もあったこの6年半の間を背中を見せて引っ張てきた松井代表の代表辞任は維新にとって大きな転換期になるのは間違いありません。

どれだけの厳しい時期があって今の維新があるのか。維新に関わって、3年余りの私には想像もつきません。党内対立、そして党が分裂する時期もありました。そして支持率が今とは考えれれないぐらい低迷していた時期も、その中でも松井代表がいたからこそ今の維新があると確信しています。

一時代を築いた松井代表の辞任は維新にとって大きな損失ですが、この代表選は維新が成長する大きなチャンスだと私は前向きに考えています。

そしてその一つは代表選が他党とは大きく違い、バッチをつけている議員と(年間2千円の党費を納めている)一般党員が全く同じ一票を持っているという、なんとも維新らしい代表の決め方だと思っています。

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推薦人さえ集めてしまえば、ほとんどが一般党員の票となるため、だれが当選するかは分からないというのが今回の維新の代表選の醍醐味であると感じています。

私自身、今回出馬宣言をされた各候補予定者は正直なところ誰がなってもワクワクすることを、そして国民の為に働いてくれると確信はしています。

ただ、その中で誰を支持するかオープンにすることが、維新の議員として私は必要だと考えていますし、バッチ組の特別党員は全員が誰を支持するかオープンにして、組織論、政策論を代表選で戦わし、その結果代表選を経て維新が強くなるチャンスだと考えています。

 

私は馬場伸幸共同代表を支持することを決意しました!!

 

理由はいくつかありますが、一番は維新の未来に対して明確なビジョンを持っているということです。

出馬会見でも述べられていましたが、”これからの10年 衆院選3回以内で政権を獲得する”ということを明言したことが、私は大きな意味があると考えています。これからの10年で政権を取れなければ残念ながら維新という政党で政権交代を行うことは未来永劫できないと感じています。

国政政党として結党から今日まで10年、そして今後10年の計20年で政権交代できなければ、残念ながらそれまでの政党だったということです。

明確なビジョンを持ち、そして自民党のミスを待つのではなく対案を出し、国民の皆さんに選んでもらえる政党になれなければいけません。それが今後の10年です。今の維新から10年間で政権交代までたどり着けなければその際は解党するぐらいの覚悟をもたなければ、自民党に対峙をすることはできません。

だから、こそ今回の代表選は10年以内に政権交代を明言そして、その為に今何が必要なのかを出馬会見で述べた、馬場共同代表を私は全力で応援します。

今回出馬を発表された全ての候補予定者が維新を誰よりも想い、維新の未来を真剣に考えた中で出馬されており、心から経緯を表します。そして今回の代表選で維新はさらに強くなります!!

 

今回のワルシャワで強く感じたのは、ポーランドの何故これだけ手厚くウクライナ難民を支援しているのか。ポーランド政府が何故これだけ手厚いサポートをウクライナ難民に提供しているのか。現地を見ればみるほど、日々ポーランドの方のサポートに感動しました。

⇩これはポーランド政府が発表しているウクライナ難民への支援です。

The law on helping Ukrainian citizens signed by the President of the Republic of Poland
https://www.gov.pl/web/rodzina/ustawa-o-pomocy-obywatelom-ukrainy-z-podpisem-prezydenta-rp

①2月24日以降にウクライナからポーランドへ避難したウクライナ難民は、18ヶ月間ポーランドに滞在することができるほか、継続して滞在を希望する難民については、ポーランドであらゆる公的サービスを受ける為に必要となる個人番号も取得できる。
②避難民はポーランドでの生活をスタートするために300ポーランドズロチ(日本円で約9,000円)が給付を受けることができる。
③ウクライナ難民はポーランド人と同等の就労条件や医療サービス、教育、社会保障などが保証される。
④避難民を自宅に受け入れた人々に対し、最大60日間1日40ポーランドズロチ (日本円で約1200円)の給付金が支給される。

⇧日本のウクライナ難民の支援に比べると物足りないと思うかもしれませんが、ポーランドの物価やそして何より避難民を250万人が既に入国していることと考えれば、非常に手厚いサポートです。またポーランドは決してEUの中でも経済的に潤っているわけではなく、今回の支援に現時点だけでもポーランドの国家予算の1割はウクライナ難民に充てていることです。

なぜこれだけの支援をすぐに決めれたのか。そこにはポーランドの歴史が関わっているということを現地で教えてもらいました。

ポーランドは1939年の独ソのポーランド侵攻の際に誰も助けてくれなかった過去があり、今のウクライナと同じ状況だと。ウクライナとポーランドも歴史的にみると争ったてきたが、ウクライナ西部はかつてポーランドでもあることもあり、特にウクライナ西部はポーランドの血を引いたウクライナ人も多いとのこと。そして、何より今回の侵攻前にウクライナから130万人の移民がポーランドにはおり、既にポーランド経済に欠かせない存在になっているなど、ポーランドとウクライナは歴史的にみても切っても切り離せない関係にあります。

今回も現地でもポーランドに住んでいるウクライナ移民の方がウクライナ難民を特に先頭にサポートしていることを感じました。

もちろん日本もウクライナへの支援や、日本国内の受け入れを充実させていくのはもちろんですが、経済的も余裕のない中でこれだけウクライナ難民をサポートしているポーランドへの経済支援も必要だと私は現地で肌で感じました。

ポーランドをサポートすることが、多くのウクライナ難民を支援することになると。

おはようございます、こんにちは、こんばんは、都議会議員の松田りゅうすけです。

今日は、4月16~23日の5泊7日でポーランド、ワルシャワに”ウクライナ難民の今”を視てきました。


前のブログにも書いた通り、私にとってウクライナは特別思い入れのある国です。石畳で歴史ある街並みが残るキイフ、黒海随一の穀物の輸出港でもあり歴史ある建物が数多く残る港町オデーサと私にはたくさんの想い出があります。また、内陸に少し入れば収穫期前には一面の小麦畑、そして日本では見ることがない地平線までのひまわり畑が広がっている広大な大地が広がる光景を今もな鮮明に覚えています。

⇩ワルシャワに行く理由については前回のブログにも書いてあるので是非ご覧下さい。

https://rmatsuda.tokyo/post-291/

ポーランドの首都ワルシャワは私自身は初めての渡航でしたが、キイフを彷彿とさせる綺麗な街並みが広がっていました。

初日は夕方に到着したので、ホテル近くのセントラル駅付近を探索。事前に現地ワルシャワ在住の方数人とコンタクトをとっていましたが、ワルシャワセントラル駅も侵攻当初の日本で見ていた報道に比べるとだいぶ混雑もなく既に支援体制が確立されている印象でした。

ただ、それでも駅構内にはウクライナの難民支援のチラシが貼られていたり、駅の側には難民の方が無料で食事が食べれるテントがありました。私も中を少し見学したいなと思いましたが、中に入れるのは2月24日以降のポーランドの入国記録のあるパスポートを持ったウクライナの方だけでした。理由を聞くとウクライナ難民に紛れて難民支援を受けようとする人がセントラル駅ではいたので、入り口でチェックをしていると。これは、バスや電車のチケットもウクライナ難民は無料で割り当てられるのだが、パスポートとポーランドでの入国日時を確認していると。

また、セントラル駅近くの公園には今回のロシアの侵攻で亡くなった方への献花する場所が設置されていました。そこでは多くのワルシャワ市民が献花をしており、私も実際に献花もさせて頂きました。

https://twitter.com/matsuda_ryusuke/status/1515903709858967552?s=20&t=Dgix4OKYJOYF8p5-g5n_gA

駅ではワルシャワではなくポーランドの他の都市にいくようにとの看板が設置されていました。
看板には、”ワルシャワは既にキャパシティを超えており、これ以上難民を受け入れられない。他の都市では宿泊場所が見つかる可能性が高く、滞在費用も安く、また仕事も見つけやすい”と書いてあり、ポーランド政府としてもワルシャワだけでなく各都市に分散させる方針が伺えます。

https://twitter.com/matsuda_ryusuke/status/1515988688299528195?s=20&t=Dgix4OKYJOYF8p5-g5n_gA

 

現在ワルシャワの人口は180万人なので、30万人のウクライナ難民がいると街の約15%も短期間で人口が増えている計算に。これは3月末時点の資料なので、実際はもっと増えていることが予想されます。私から見ると、ポーランドとウクライナの方の違いは街中でも分からないが、現地のポーランドの方に聞くとあきらかに増えていると。住まいは一時避難所や、自宅の空いている部屋を無償で提供したり、またポーランドの支援者がホステルなどを借りて難民の方に提供しているとのことでした。

セントラル駅近くだけでも、ほんとに多くのポーランドの方がウクライナ難民の支援を行っており、これはこの視察を通じて日々感じたことでもあります。

次のブログでは、ポーランドの受け入れ態勢について書きたいと思います。

 


今日から1週間の行程でワルシャワに行ってきます。

この時期に都議会議員がワルシャワに何をしにいくのか?と疑問に思われる方がいるかもしれませんが、私の中では迷いはありませんでした。今、自分に何ができるのか。

政党としてもウクライナの人道支援の為に様々な形で寄付をしており、東京のメンバーでもピースウィンズジャパンというウクライナ国内の医療サポート等を行っている団体に先日も寄付をしました。都議会でもロシアに対する非難決議や、国連UNHCRに寄付をしてきました。

 

 


ただ、私はロシアのウクライナ侵攻が始まってから、自分に何ができるのか考え、ワルシャワで難民支援をしているNPO等の団体や個人と連絡をとっており、その中で今回自分の目で”現地”を見ることが必要だと思いました。

今、ウクライナ難民はどのようなサポートを必要としているのか?何が足りており、何が足りてないのか?日本への移住にどれぐらいの需要があるのか?

日々流れてくる報道や現地とのやり取りだけでは、限界を感じ今回ワルシャワに行くことを決意しました。

私にとってウクライナは特別な国のひとつです。商社にいた6年間は穀物の輸入を専門にやっており、その中でも1年目から受け持っていたのが、小麦や、大麦の輸入です。そして小麦や大麦の主要な輸出国の一つにウクライナがあります。他商社に比べても丸紅はウクライナやロシアとの取引量が多く、ロシア・ウクライナで6年間で30回近くは私自身も足を運び、現地の企業と商談をまとめてきました。キーフにはもちろん、穀物の輸出ターミナルが数多くあるオデーサにも多く、ロシアの攻撃が街を破壊していく報道に毎日心が引き裂かれる思いでした。

今の私ではロシアの侵攻を今すぐに止める力はもちらんありません。その中で自分ができることは、ウクライナ難民をサポートすることだと感じました。ワルシャワでも調べてみると多くの日本人がウクライナの難民支援を行っていることが分かりました。私もこれまでお世話になったウクライナに恩返しをするべく、自分にできること、それが難民支援だと結論づけました。

1週間いくだけで何が変わるかはもちろんわかりません。ただ、今回のロシアのウクライナ侵攻は終わりが見えず、また報道でみる限り停戦となったとしても、ウクライナの復興には長い時間を要すると言われています。

継続的にサポートをしていく為にも、今この時期だからこそウクライナ難民の今を知ることが必要だと感じています。

また、現地の様子も日々レポートできればと思います。

いってきます!!