唐突ですが、やはりこうした提言をして行こうと思います。
先月、東京池袋にて痛ましいストーカー殺人事件が起きました。
これを受けストーカー規正法のあり方について、また被害者の保護について取り沙汰されましたが、一向に耳にしないのは被害者自身の自衛という事についてです。
こうした類いのターゲットとなった場合は被害者の避難そして保護が無論、第一ですがそれも限界があるのはもう明らかです。
ならば被害者自身も肚を決め、犯罪者と対峙する決意も必要ではないでしょうか?
環境は自らの意識の反映という観点から、こうした存在を自分の環境から遠ざけるすべも確かにあります。
私もこれでこうした者を退けた事はありますが、直接的な自衛は決してそれと相反しません。
どちらも理不尽な害を及ぼす存在に屈しない決意が必要なのは同じです。
ここでは直接的自衛についてのみ言及します。
これまで何度か理不尽な攻撃に対して、武力的反撃を肯定する提言をしてきました。
自分ながらこのブログはアウトローが語る人生訓の類いなのか?と思えて来てしまいます。。
それでもやはり、世間的通念とスピリチュアルや宗教に共通する、自らを守る為の武力を否定する観念には異を唱える事とします。
たとえ世の人は腕力や武力に無縁だとしても、社会の治安は良くも悪くも武力を持つ警察の手により維持されています。
その恩恵の元、武力を否定して身の回りに起き得る脅威に対し自らは手を汚さず、澄ました顔でいるのは全く欺瞞ではないでしょうか?
それとスピリチュアル、宗教の人に言いたいですが、荒れ狂う暴漢に対し警官がやむを得ず発砲し殺害してしまう場合があります。
この警官は後に地獄に落ちたり、霊界の牢獄につながれてしまうのでしょうか?
そうであるなら、こんな理不尽な事がありますか??
今、ストーカーやそれに類する脅威の元にある人は自衛の手段を身に帯びて下さい。
職務質問で見咎められたら自分は今、明確に危機的状況にあると頑として言い張るといいです。
また、護身武器を所持してはいけないなら完璧に自分を保護してくれ!!とも。
そしていよいよの時は相手の喉笛に食らいつく程の反撃をして下さい。中途半端は逆効果です。
(この表現好きだな自分。。)
自らの生命を尊厳を守るのに、なりふりなど構う事がありますか!?
そもそも、こうした心的姿勢を抱く人は初めからおいそれとストーカーの標的にされないのではないでしょうか?
