本日東京高裁にて、旧統一教会こと世界平和統一家庭連合についに解散命令が下されました。
報道より現役信徒らの悲痛な様子が映し出されていましたが、何も江戸時代の様な禁教令が出された訳ではありません。
これまで搾取してきた膨大な献金を返還した上で、細々と信仰を続けて行くのは自由です。
この通り以前、統一教会信徒と論争した事がありますが、今思うのは統一教会がこれ程まで教勢を奮ったのは、また以前も述べましたが欧米でニューエイジスピリチュアルが隆盛したのは他ならない、伝統的キリスト教の教義それ自体に要因があるのではないか?という事です。
伝統的キリスト教の根幹は、イエス・キリストの十字架刑による全人類の罪の贖いを信じる事にあります。
この概念は本当にイエス自身が説いた教えなのか古来より議論されていますが、十字架の贖いの信仰はその効力を充分現していない事は歴史が雄弁に物語っています。
キリスト教が全世界に広まったはずの現在の地球人類の有り様は言うに及ばず、この教えを広めて来たキリスト教徒達自身がかつて地上を抑圧と搾取と戦乱で満たす事に勤しんで来た事実をいったい何とするのか?
ここにイエス・キリストの贖いによる救済は失敗だったとする思想が説得力を持つ下地が出来、真の救済を謳って世に現れた自称、再臨救世主の1人が文鮮明なのでした。
伝統的キリスト教会はキリストの贖いが空論ではない事を示さない限りは、こうした異端カルトへの警鐘は困難でしょう。
しかしながら、イエス・キリストという死に打ち勝つ復活の象徴、シンボルにはキリスト教の枠を超えた非常に強力な元型、アーキタイプを感じます。
事実、中にはキリストの御名で奇跡を現証させている教派もまた存在していてこれも充分に頷けます。
何だがキリスト教を貶しているのか認めているのか分からない話になりましたが、キリストという稀有なシンボルを保有しながら罪と罰のドグマで抑圧し、制限してこれを生かしきれていないのは実にもったいなく思います。
そしてこの弊害は他の宗教にも見られる事象と言えるでしょう。
もっともキリスト教側からは、キリストをシンボル呼ばわりするのは冒涜だと言われるでしょうが。
