龍翁余話(886)「水無月」

 

5月末頃から6月上旬になると梅雨前線が北上し、本州の各地で梅雨に入る。梅雨には大まかに2つのタイプがあるそうだ。1つは激しく雨が降る時期と晴れて梅雨の中休みの時期が交互に現れるようなタイプで“陽性型の梅雨”と言われ、気温が高く、集中豪雨などの大雨が発生することが多くなると言う。もう1つは豪雨ではなく”しとしと雨“の日が多く”陰性型の梅雨“と言われる――いずれにしても6月は雨、つまり水の多い月、なのに何故『水無月』なんていう和名がついたのだろう・・・と若い頃、いろいろ調べたものだ。

 

“水があるのに『水無月』とは、これ如何に”――結論を先に言おう、古語の「無」は、強調の働きをもつ「の」を意味する表音文字(連体助詞)。 つまり、『水無月』は「水の月」と言う意味。 今も昔も田植え(米作り)は最も重要な作業である。 そこで「田んぼに水を引く月」ということで、6月を「水の月=水無月」と呼ぶようになった、とのこと。余談だが、では何故、10月「神無月」を“神が無くなる月”と言うのか・・・実は、これも“神が無くなる”のではなく、旧暦10月、 全国の八百万(やおよろず)の神が出雲の国に集まる月。したがって“神様が留守をする月”であって“神様が無くなる月ではない”と歳時記には書かれている(出雲では10月を「神無月」とは言わず「神在月」と言うそうだ)。

 

このように旧暦では、月々を「和風月名(わふうげつめい)」と呼ばれる和風の呼び名を使用していた。ご承知のように睦月(1月)、如月(2月)、弥生(3月)、卯月(4月)、皐月(5月)、水無月(6月)、文月(7月)、葉月(8月)、長月(9月)、神無月(10月)、霜月(11月)、師走(12月)・・・これらの「和風月名」は旧暦の季節や行事に合わせたもので、現在の暦でも使用されることがあるが、詩歌の世界ではこの「和風月名」は依然“王座”。詩歌を好んでいる翁もこの「和風月名」をよく使う。しかし、昔と現在では多少季節感が異なり、1~2ヶ月ほどの季節のずれを感じることがある(が、それを承知で使う分には問題はあるまい)。

 

翁は若い時から、仕事でも趣味でも“事始め”から“ちょうど半分にさしかかった頃”を「水分峠(みずわけとうげ)」と呼び、それまで自分が行なって来たことの反省と軌道修正、価値(意義)を確認していた。「水分峠」と言うのは大分県由布市(旧湯布院町)と大分県玖珠郡九重町との境にある標高707mの「分水嶺」(ぶんすいれい)のこと。専門学(山岳学や河川学)では「分水界になっている山稜(さんりょう)」を言うそうだが、翁は俗に、

「物事の方向性が決まる分かれ道(の日・時)」としている。そして正にこの6月は12ヶ月のちょうど半分にさしかかる月、つまり“水分峠月”である。

 

もうすでに恒例化しているが、今年も4月21日から5月20日までの1か月間、大分県の田舎(生まれ故郷)で過ごした。帰省するたびにお借りしている親友(Fさん)の車、実は今までは“軽”のマニュアル車だったが(それもいい車だったが)この3月、Fさんは新しいオートマ車を購入した。「え?これが“軽”?」と驚くほど大きなサイズ、車内の天井も高く幅も広い(ゆったり感)。充分過ぎるほどの機能、おまけにエンジン音も静かで“普通車”と何ら変わりはない。「これなら楽々と、かなり遠方までドライブ出来る。エッセイ『龍翁余話』でまた“郷土自慢”の取材が出来る」と意気込み、あれこれ取材計画(ドライブ・プラン)を立てた。ちなみにこの車のナンバーの始まりが「52・・・」だったので、翁、いち早く「コニー君」とのニックネームを付けさせて貰った。

 

早速「コニー君」を運転して『龍翁余話』(882)「杖立(つえたて)温泉郷の鯉のぼり」(4月27日配信)、その後は「コニー君」ではなくもう1人の親友S君の車で(883)「下筌(しもうけ)ダム=蜂の巣城紛争の舞台」(5月4日配信)、(884)「鯛生金山(たいおきんざん)」

(5月11日配信)・・・そこまではドライブ(取材)・エッセイ執筆・(以前からメールによって翁が直接お送りしている)旧友読者への配信など全て順調だった。ところが――

 

5月13日、突然「メール送受信」が不能となった。30年以上もこの会社(プロバイダー)と付き合って来たのに、こんなことは初めてだ。何の通告もない、何の説明もない、まさに突然の出来事だった。「これは困った!」と急いで(パソコン・トラブルの時、いつも助けて貰っている)“遠隔サポートサービス”に「SOS」を発した。こことも長い付き合いなので非常に親切、あれこれ手を尽くしてくれたが結論は「これはパソコンのトラブルではなく、プロバイダーの問題。プロバイダーが何らかの意図でストッパー(接続オフ)をかけたのでしょう」・・・それからというもの、貴重な1日1日を割いて当該プロバイダーの「サポート窓口」「サポートデスク」「カスタマーセンター」などに次々と電話し、何とかオペレーターとの直の話し合いを試みたが、これらの“窓口”は全てオペレーターとの直接会話が出来ない仕組みなっていることを初めて知った。挙句の果てに「チャット」も試みた――が、結果は翁の期待がことごとく裏切られ、一筋の灯りも消え失せた。

 

もう、我慢の限界!翁、(30年も世話になったプロバイダーと縁を切り)すかさず、新しいプロバイダーを見つけ手を打った。新規のプロバイダーとは、今のところ電話とショートメールの応対で具体的な作業に入るのは6月に入って直ぐ、との約束。18年間、我が子のように育てて来たエッセイ『龍翁余話』(主たる出稿先は「ZAKKAYA   WEEKLYだが)読者各位のお手許に届くのは、6月中旬以降になるのでは?

 

翁にとって6月は「水分峠月」。ところが今回、降ってわいたようなパソコンの大トラブル

に、これまでの流れを反省したり軌道修正したり・・・などのゆとりはなく、慌ただしい「水分峠月」になりそうだ・・・っと、そこで結ぶか『龍翁余話』。