久々に猫を見た。
うかうかと結婚記念日を忘れていた夫婦は翌日改めて外食に。
といっても
都内とは名ばかりの商店街。
自宅からは半端に遠く。
一体何しにそんなところに行ったかなんて他人には説明できないし理解してもらう気もない。
昼間同じ街を電車に乗って訪れた夫が、
面白い古書店を見つけた嬉しさにその商店街のさもない洋食屋へと誘ったのだ。
いや、
食事に誘ったのは妻の方。
出不精の妻は決して自分から夫を誘うことはないのだけれど、前日親戚関係のゴタゴタでへこたれていた夫を元気付けたいような気もしていたのでめずらしく。
場所なんか決められないから夫に丸投げした。
それだけのこと。
まだ長い時間電車にのっていられない妻を気遣って車で出かけたため、目的の場所から少し離れた駐車場に車を止める。
ゆるゆると
夜の商店街を歩く二人。
お目当ての古書店は閉店準備を始めていたけれどそれもまたよし。
閉じていく街を歩くことがそれだけで楽しい夏の夜。
妻は昔
それこそ大昔一度だけ
その商店街にあったスタジオで小さな小さなライブごっこをしたことがあったけれどもう、
その場所さえ思い出せない。
それでも
あのころと同じ店が残っていた。
路地に白い猫。
やせた若い雌猫。
声をかけても逃げず、触れることを許される。
撫でていればよってくるのはその猫の息子か?
平然と腹を見せる二匹に、どれだけ街に愛されている猫であるかが知れる。
振り返れば同じような猫がいくらでも顔を見せる。
穏やかな時間の流れる街。
にぎやかな商店街から少し離れた洋食屋を目指す二人が
ふと灯りにひきつけられて振り返る。
カウンターだけの狭いカフェ。
けれど一面がガラス張りになっていて、そこにのうのうと一匹の黒猫。
あぁ・・
と
思うけれど何も言わず通り過ぎる。
食事を終えて戻る道。
黒猫は前と同じ姿でカウンターに座る。
平素だったら妻は何も言わない。
ただ通り過ぎるだけ。
けれど、
「入ってみましょうか?」
夫はそれを待っていたかのようにうなづいた。
ドアに手を書ける前に黒猫が視線を向ける。
あけながら
「いいですか?」
「どうぞ。」
するりと立ち上がった黒猫がカウンターの中に納まった。
「メニューなんてないんです。好きなものとか・・・わかってる人しか来ないんで。」
猫にそういわれてとっさに
「ごめんなさい。」
と、
動揺するのは場馴れていないから。
とりあえず珈琲を注文すると、ミルクはいるかと猫が聞いた。
夫は要らない。
けれど妻はほしいと。
「入れ方が違うんですよ。」
「あら、ごめんなさい。」
猫はしゅっとしたままゆるゆると珈琲の用意を始めた。