仙台は、ほぼ海まで平な土地です。仙台平野とも言われています。

交通網が鉄道や道路が整備される以前では、海運が中心だったはずです。その場合は仙台は海まで近いこともあり、海側に港湾都市として成立していてもおかしくないと思っていました。

しかし、2011年3月11日の震災による津波は、最大内陸地5kmまでも届いたとの言うこと。波除神社も流されたところがあったと言います。

いま、仙台の街中は、何もなかったかのように日常の生活があります。仙台に城を造り、街をつくったことは、その昔からの言い伝えを守った結果なのかもしれません。

とは言うのものの、亡くなった方たちに何の責任がある訳でもなく、ただ、ご冥福を祈るのみです。

これからの復興をどうするのかは、大きな課題だろうと思います。狭い日本では津波が来たからと言って、その土地を放棄することも難しい。かとってい、津波の被害を防ぐための堤防を造るというわけにもいかない。結局、経済的な話では、また来たら流されるけれど、同じように街を造ることがいいとも言われています。また800年から1,000年は津波は来ない可能性が高いからです。

でも、心情的に今すぐにでも、津波をかぶった街に戻るかというと、難しいとも思います。いつしか、なんとかくみんなが忘れた頃に、街が復興しはじめている、なんてことになるのかもしれません。ただ、そのときは津波を忘れたのではなく、津波があることを前提にして、津波対策をまでをいれた整備が求められるのではないでしょうか?

なんだか難しい。。