生き人形 前編 | 怖いBLOG

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1997年TV放送より。
 
 稲川さん曰く、
「この話しは私自身・・・怖いです。それに危ない。
出来れば話したくはなかったんですがね・・・。」
 
 稲川さんがニッポン放送の、深夜のラジオ番組に出演していた頃の話しである。当時稲川さんと仲が良かった人で番組ディレクターの東さんという人がいた。
彼が稲川さんに
 
「淳二、一緒に帰らないか?」
 
と誘ってきたのだ。
 というのも、稲川さんは当時国立に住んでおり東さんは小平の辺りに住んでいたので方角はほぼ同じだったのである。そして車は当時開通したばかりの中央高速道路に向かって走っていた。
 
 高速道路に乗っても、深夜なので行き交う車はほとんどいない。道路灯も完備されていなくて辺りはほとんど真っ暗だった。稲川さん達の車の、前にも後ろにも車はいない。
 
 二人は普段から気の合う友達ということもあり、雑談に花を咲かせていた。
 
「淳二、油揚げはな、こうやって食うとうまいんだぞ。」
「やだな~、東さんは。アハハ。」
 
 しばらく走っていた頃だ。三鷹を少し過ぎた辺りだろうか、道路脇の塀の上に道路標識らしい丸い物が立っていた。
 
(あれ?珍しいな・・・。)
 
 その頃中央高速には標識はほとんど立てられていなかったのである。
しかし稲川さんは特に気にも止めず、標識は遥か後方へと過ぎて行った。東さんは相変わらず面白い話をして稲川さんを笑わせている。
 
 しばらく走っていると、また同じような丸いものが見えてきた。再びその標識らしき物を通りすぎたのだが、人間というのは面白いもので、同じ出来事が複数回続くと
「またあるんじゃないか?」 と思うものである。多くは偶然なのだが、稲川さんはさらに同じような物をはるか前方に発見した。しかし、形が先ほどまで見ていた物と違うのである。
距離はかなりあるはずなのだ。しかし稲川さんはそれが、
「人の形をした物」
だと、すぐに気づいたそうだ。
 
 人間の目というのは曖昧なのか正確なのか、良くわからない点がいくつかある。信じられない程遠くにある「なにか見なれた物の形」、この場合は人の形なのだが、
「あっ、○○○だ。」とすぐに認識できる場合がある。
 例えば東京タワーのような高い建物の頂上に人が立っていれば、「人間が立っている!」と下から見上げる人達で大騒ぎになるであろう。
 
 しかしその時は深夜、辺りは真っ暗である。なのに稲川さんは、その人間が「黒い着物を着た、黒髪の少女」だという事が分かったそうだ。
 その少女が真夜中の高速道路の塀に立っているのだ。道路の方ではなく外の方を向いて腰を少しかがめながらである。
 
(うわっ、自殺だ・・・!)
 
 とっさにそんな事を思ったそうだ。しかし、その少女の周辺には車やバイクを停めている様子は無い。
 
(どうやってここまで来たんだろう・・・?)
 
 そう不思議に思ったが、車はだんだんとその少女が立っている辺りに向かって走り続けている。
 
ガーーーーーー!!!
 
 稲川さんも東さんも冷房が苦手だということもあって、窓は全開にしてある。その為風の音や車の走行音でものすごくうるさい。 まるで吸い込まれるかのようにその少女を見ていた稲川さんだったが、そのうちその少女の首から下が風景と溶け合うようにしてス~ッと消えて行き首だけが残った。 その首がカクッ、カクッ、とぎこちなく角度を変えて稲川さん達の方を向いてくるのだ。 人間が首を横に回すときのように「スーッ。」といった感じではなく、ぜんまい仕掛けで首を変に規則的に回す人形のような、そんな感じであったという。
 そしてさらに近づいた頃だ。稲川さんはその「首」が、明らかに「半透明」である事に気づいた。透けて向こうの景色が見えるのである。
 しかし顔は確かに存在している。
 おかっぱ頭、目は切れ長で口も横に長くて、気味が悪いほど肌は真っ白。それでいて無表情。
 その「首」が、気がつくと稲川さん達の車のすぐ前方に浮かんでいたのだ。
そうかと思うと首はフロントガラスをすり抜けて車内に入ってきた。そしてスポーン!と後ろに抜けて行ったのである。
 
(うわーっ!な、何だ!?今の・・・。)
 
 しかし稲川さんは東さんにはその事は言わなかった。 不思議な事だが気づいていない様子だったし、稲川さんを降ろした後は東さん一人で自宅に帰らなくてはならない為、変に怖がらせては申し訳無い、と思ったからだそうだ。
 
(疲れてるのかもしれない・・。)
 
 そう思って着を落ち着かせようと努めた。やがて車は稲川さんの家に到着した。
 
「どうもありがとうね、おやすみー。御疲れさ~ん。」
 
 わざと明るく挨拶をして稲川さんは東さんと別れた。しかし、何となく肩が重いのである。
 
(あぁ・・・疲れた。)
 
 2階に上がってみると奥さんが寝ていた。疲れているはずなのに眠たくは無い。稲川さんは下の部屋のソファーの上で横になっていた。
 
 しばらくすると稲川さんの耳にミシッ・・・ミシッ・・・という階段を降りる音が聞こえてきた。 見てみると奥さんが下に降りてきたのだが、稲川さんの顔を見るなりこんな事を口にした。
 
「お帰り・・・。お友達は・・・?」
「友達?そんなのいないよ。」
「もう帰ったの?さっきあたしが寝てるときにあんたと一緒に入ってきた人だよ。」
「いや、この家に入ってきたのは俺一人だけだよ?」
「ウソ。さっきあんたの後から部屋に入ってきて、あんたが出て行ったあとも部屋の中でグルグル歩き回ってたの、誰よ?」
「・・・何だそれ?気味が悪い事言うなよ・・・。」
寒気を覚えながらも、やがて夜が明けた。
 
 すると稲川さんの元にTV局から一本の電話が入った。東さんである。
 
「おぉ、昨日はどうもね!」
「・・・淳二さぁ、昨日は悪いと思って言わなかったんだけど・・・。」
「何の事?」
「昨日・・・誰かと一緒に車を降りたよな?」
「・・・何それ?」
「いや、隠さなくてもいいよ。分かってるから。」
「・・・ちょっと待ってくれ、隠してるわけじゃないよ。・・・今から局に行くからそこで話すよ。」
 
 局に着いた稲川さんは、さっそく東さんに事情を聞いてみた。
 
「・・・俺は実際に何か見えたわけじゃないんだけど、気配で感じてたんだよ。俺と淳二の他に、車の中に誰かが居たんだ。そいつが、淳二が車を降りたら一緒に降りたんだよ。」
「・・・実はさ・・・。俺も昨日こういう事があって・・・。」
稲川さんは昨夜目撃した少女の事について詳しく東さんに話した。
 
 東さんとの話も終わり、仕事も終えて帰宅すると稲川さんに電話がかかってきた。人形使いの前野さんという人物からであった。
 
「うわ~、久しぶりだね~!元気?」
 
 二人は懐かしい話しで盛り上がったのだが、前野さんが稲川さんにこんな事を言ってきた。

「稲川ちゃん、また今度舞台やるんだけど、そこに座長として出てくれないかな?」
 
 聞けば、新しく手に入れる人形と一緒にお芝居をやるという企画の事だった。 前野さんという人はこの道ではかなり著名な職人で、評判の良い人形師の人だった。今回のそのお芝居も大勢の有能なスタッフ、魅力的な俳優や女優、声優を用意した大掛かりな物になるとの事。 以前から演劇や戯曲等に興味があった稲川さんは、親しい前野さんからの頼み事ということもあって快く承諾した。
 
「いいねぇ、やろうよ。」
 
 やがて段取りも順調に進み、出演者やスタッフ一同で顔合わせがあった。
 
「どうもはじめまして。」
「よろしくお願い致します。」
 
 自己紹介で一人一人が挨拶をして行く。一通り済んだ頃、前野さんが今回使用する人形についての説明を始めた。 話しによるとその少女人形は、身長が125cm、かなり大きい。 普通の子供とさほど変わらない大きさで重量もある。よって操作は黒子さんに扮する男性が3人がかりで動かすのだ。 黒子Aは頭と両腕、Bは胴体、Cは両足。といった具合の役割である。 すると前野さんが、申し訳無さそうに室内の関係者に向かって口を開いた。
 
「え~、皆さん。大変申し訳無いんですが、肝心の人形はまだ出来ていないのです。ですが、今日皆さんにご説明するという事で、絵図面ですが持ってまいりました。」
 
 稲川さんも含めた関係者達の視線が前野さんに集まる。
 
「こちらです。」
 
 ピラッと図面を関係者達に見せるように両手で広げる。それを見て稲川さんは驚いた。以前稲川さんが中央高速道路で見た少女とまったく同じ顔形なのである。
ふいに、イヤな感じがした稲川さんだったが、余計な事は言うまい・・・と思い黙っていたそうだ。
 
 それからしばらくして、人形が出来あがってきた。
 
「へ~、良く出来てるじゃない?」
 
 稲川さんも変な事は考えないようにと思い、その人形について前野さんと色々な話をしていた。 すると前野さんが、思い出したように不思議な顔をして稲川さんにこんな事を言って来たのだ。
 
「でもね~、稲川ちゃん。この人形ちょっとおかしいんだよ。見てみな、ほら、右手と右足がねじれちゃうんだよ。」
 
 人形であるから操作しやすいように、関節の部分は丈夫な糸で連結してはいるが隙間は十分に空けてあるはずなのに、である。 しかも放っておけばダラ~ン、となって自然にまっすぐになるはずなのだが右手と右足だけがまったくいう事をきかないのだ。
 
「前野さん、俺が直してあげようか?そういうの出来るからさ。」
「う~ん・・・。いや、やっぱり作った人がいいから、先生のところに持っていくよ。悪いからさ。」
「それもそうだね。」
 
 こうして初稽古の日は終わった。
 
 自宅に帰った稲川さんは、人形の事を聞いてみようと思い前野さんに電話をかけた。すると前野さんも丁度良かった、といった口ぶりで稲川さんに話してきた。
 
「おかしいんだよ、稲川ちゃん。人形を作ってくれた先生なんだけどさ。」
「うん、どうしたの?」
「行方不明なんだって。」
「え?何それ?」
「うん、こっちから先生のところにはどうしても連絡がつかないから、色々な人に聞いてみたんだよね。そしたら’あの人今は行方不明なんだって’って言うんだよ。」
「なんだ・・・しょうがないね・・・。」
 
 人形の修理は出来なかったが、そうこうしているうちに今度は台本が出来てきた。
文学座関係の作家で、純文学家の斉秀一さんという人物である。さっそく稲川さんや演出家の人達と共に原宿で打ち合わせが行なわれた。
 
「先生、ここどうしましょうか?」
「あぁ、ここは稲川ちゃんがアドリブでやってよ。その方が面白いからさ。」
「アハハ。はい、分かりました。」
 
 打ち合わせは順調に進み、その場はお開きとなった。
 
「僕は今日これから、帰ったら台本仕上げちゃうよ。」
「あ、どうもすいません。よろしくお願い致します。」
 
 その日の夜。稲川さんの元に前野さんから電話があった。
 
「やあ、前野さん。どうしたの?」
 
 受話器の向こうで表情は分からなかったが、前野さんの様子は只事ではなかった。
 
「稲川ちゃん大変だよ・・・!」
「・・どうしたの?」
「先生の家、火事で全焼しちゃったんだよ・・・。」
「えぇっ!?」
「さっき僕が電話したときは燃えてる途中だったみたいなんだけど、今さっき連絡が取れたんだよ。・・・全焼なんだって。」
「原因は何なの!?」
「分からない・・・でも先生が書いてた台本の原稿、書斎から出火したもんだから全部燃えちゃったって・・・。」
 
 しかし舞台の稽古は続けなくてはならない。仕方が無いので台本無しという緊急事態のまま稽古は本格的に始まった。
 
稽古が行なわれていたある日の事。突然前野さんが稲川さんに
 
「稲川ちゃん、ちょっとごめん。電話してきていい?」
 
と尋ねてきた。稽古熱心で途中で席を外したりする事が普段はほとんど無いという前野さんだった為に稲川さんは不思議に思ったが、
 
「あぁ、いいよ?行って来なよ?」
「うん、ごめんね。」
 
 そして階段脇の公衆電話に向かった前野さん。しばらくすると、通路の方から
 
タッタッタッタッタ!
 
と、駆け足の音が聞こえてきた。前野さんだった。大柄な人のため足音も大きいのだ。
 
「ごめん、稲川ちゃん。帰らなくちゃ・・・。」
「どうしたの、前野さん。何があったの?」
 
 当時前野さんは家庭的にもめてる事があった。兄弟同士でみにくい争いがあったのだが、前野さんは普段そういった事には無関心な純粋な人であった。前野さんを含む兄弟には中野に住む年老いたお父さんが居た。 しかし親をそんな争い事に巻き込んでは可愛そうだという事で、稲毛にある自分の家に引き取り、当時45歳になる従兄弟の男の人に面倒を見てもらっていたのである。 この時前野さんは自分の家に電話をかけたのだが、出たのは警察の人だったという。 前野さんのお父さんの面倒を見てくれていた45歳の従兄弟の人。 この人が急死したのである。原因は警察が調べているところなのだが不明らしい。とにかく帰ってきてくれ、と警察に言われたのである。
 
「イヤな事が続くねぇ・・・。」
 
 稲川さんは思わずつぶやいた。
 そして、色々とゴタゴタが続いたが舞台はいよいよ公演の日を迎える事が出来た。
評判は上々で、稲川さんや他の出演者達がTVに出演する事もあった。
 
 そんなある日の公演。朝、稲川さんが現場に出向くとその場所にいる人達の様子がおかしい。気が付くと、美術さん、照明さん・・・ありとあらゆるスタッフや出演者達が怪我をしているのだ。包帯を巻いたり湿布を貼ったり・・・。
「ガラスで切った。」
「包丁をすべらせて刺してしまった。」
理由は人によって色々あるのだが、怪我の場所は全員が同じ「右手と右足」。
 
 そして、その日の公演「昼の部」直前の事である。 稲川さん以外の出演者が全員倒れてしまったのである。熱を出したり下痢を起こしたり・・・。とにかくお昼の公演は無理である。 お客さんには事情を説明して、お昼の部のチケットでも、その日最後の「夜の部」を見られるように、見ない人にはチケットを買い戻すという措置が取られた。
 
 そして稲川さんの発案で、大変ご利益があるというお寺に行って関係者一同御払いをしてもらう事にした。
 夜になる頃には具合の悪かった出演者達もいくらか回復し、夜の公演が無事に行なわれる事となった。 お昼の部のチケットを持っている人は、ほとんどが帰らずに夜の公演を見ることにしたらしく、会場は立ち見客を含めて満員だった。そろそろ暖かくなってくる時期だしそれほどまでに人が大勢集まっているにもかかわらず、客たちは声を揃えた。
 
「この会場寒いよね・・・。」
 
 稲川さんは舞台の袖で待機していた。そこへ、稲川さんの家に居候していた人がやって来た。何とも奇妙な顔をしている。
 
「稲川、おかしいよ・・・。」
「何が?」
「黒子さんの衣装を着た出演者は何人居る?」
「えーと、そうだなあ。少女人形3人、少年人形3人、それと舞台監督さんだから全部で7人だろ?」
 
「・・・8人居るんだ。」
「・・・ウソつけ!」
 
 舞台の背面にある壁には、ホリゾントという幕が天井から舞台の床まで垂れ下がっている。 その幕に色々な光を当てたり影を投影させたり、特殊効果を与えて演出して行くのだが、そのホリゾントと壁の間のわずかな隙間に人が立っているというのだ。
 
「・・・お前それ誰かに言ったか?」
「いや、言ってないよ。」
「言うんじゃないよ?・・・皆気にするからさ。」
 
とは言ったものの稲川さん自身も気になって当たり前である。目は自然とその「誰かが立っている辺り」を見てしまう。すると、小さな明かりが2つ見えた。
 
(あぁ、なんだ。舞台監督さんか。メガネに光が反射してるんだな?)
と思って少し安心した。しかし、しばらく見ているとその小さな光2つが、ゆっくりと稲川さんの方を見るように角度を変えてきたのだ。
 
(そんなはずって・・・ないんだよね・・・。)
 
 この時の様子を、稲川さんは思い出すとゾッとするという。それもそうである。 もしメガネに光が反射しているのであれば、角度を変えた瞬間光を反射させている「光源」からメガネまで光が届かなくなり、消えるはずだからだ。 しかしこの時点では稲川さんは気が付かなかった。舞台監督さんの声が聞こえて来たからだ。
「稲川さん、こちらです。稲川さんこちらです。」
小さな声で誘導してくれる。
 舞台が暗転、つまり真っ暗闇のうちに稲川さんは舞台に上がり、所定の場所まで歩いていく。だが暗くて足元が見えないために舞台監督さんが誘導してくれるのだ。 舞台の真中辺りに稲川さんが差し掛かった時である。稲川さんはハッ!とした。 少年人形、少女人形の黒子さん6人は自分のすぐ間近に居る。舞台監督さんはホリゾントの後ろ、つまり小さな光が2つある場所とはまったく違う、舞台の反対側の袖に居るのだ。
 居候の彼が言っていた事は証明されてしまったのである。
 
 やがて稲川さんがスタート位置に付き、ホワイトスポットが稲川さんに当たり舞台が始まった。
 その瞬間。
 
パーン!
 
という乾いた音と共に少女人形の右手が割れたのである。中からは骨組みが見えていた。 舞台も佳境に入り、ある役者さんがその少女人形を棺桶に入れて引っ張るというシーンでの事である。
 棺桶は丈夫な木で作られた物で重さが8kgもある。しかし大の大人が二人掛りでも持ち上がらないというほどの重さでもない。しかし、持ちあがらない。まったくビクともしないのだ。
 やがて棺桶からはフワ~ッとドライアイスを入れたように霧が立ち込めてきた。
「わ~・・・。すご~い。」
 お客さん達は上手な演出だと思いこみ、拍手をしながら見つめている。仕方が無いので棺桶はその場に置いておくこととなった。
 やがて棺桶を引っ張る役の役者さんが戻ってきて舞台監督さんに尋ねた。
 
「・・・ドライアイスなんていつ入れたの?」
「・・・いや・・・入れてない。」
 
 そして舞台は最後の場面を迎えた。声優の杉山和子さんという女性が、後ろを向いたかと思うと老婆の格好から綺麗な女性に一瞬にして早変わりする、というとても美しいラストシーンでの事である。 なにしろ外国の取材人が見て絶賛したほどの、最後の見せ場であった。
 杉山さんが後ろを向いた瞬間の事だ。
 なんと杉山さんがかぶっている頭のかつらに火が付いたのだ。
 確かに演出で火は付く事になっていた。しかしそれは本当の火ではなく、例えばボール紙を切りぬいて火の形を作り色を塗ったような、作り物の火なのである。舞台は騒然。
 お客さん達もそれが演出ではなく事故だという事に気が付き大混乱となった。 そうでなくともあまりにも不可思議な現象が多発していた為にスタッフですらパニック状態である。
 結局この日を境に舞台は、事情をお客さん達に説明して、公演その物を中止せざるを得ない状況にまでなってしまった。
 
 そんな事があってしばらく経った頃。稲川さん達が行なったこの公演で不吉な出来事が多発しているという事を知った東京にあるTV局の人間が、
「その怖い話を、TVで紹介するみたいな、そういう番組をやらせてくれないか?」
と、稲川さんに連絡してきたのである
 
「いや~・・・。それは・・・やめた方がいいんじゃないかな~・・・。」
 
 そう穏やかに警告した稲川さんだったが、TV局の人は熱心に稲川さんに相談してくる。 その熱意に押され稲川さんは結局、
(前野さんという、今は人形の責任者みたいな人がいるから、その人に聞いてみてあげる。)
と約束してしまったのだ。前野さんはすぐにTV局の人の要望を承諾したのだが、
前野さんは最後にもう一度だけ、中止になっていた舞台をやってからTVに出たい、と言ってきたのである。
 しかし稲川さん自身は、あまりにもその舞台には不吉な出来事が起きていたので、TVの仕事も舞台とも、縁を切りたいと思っていた。 しかし、いつもらしくない前野さんの半ば強引な勧誘に誘われ、シブシブ承諾してしまったのだ。
「じゃあ稲川ちゃん、明日TV局だよ。忘れないでよ!」
そういって前野さんは自宅に一度帰って行った。
 自宅には、その日の朝まで元気だった父親が原因不明の死を遂げている事を知らずに。
 
 この事を知った稲川さんは、人形について少し自分なりに調べてみようと思い立った。従兄弟に続いて今度は前野さんの父親が死に、ますます状況は良くない。 それを聞いたTV局の人も
「それはますます凄い!」
と、不謹慎にも大喜びしている。あの少女人形には何かあるはずだ・・・。
 
 稲川さんの耳に不気味な話が入ってきたのはその頃だ。
 行方不明となっていた、少女人形を製作した本人。彼が見つかったのだ。京都の山奥で一人仏像を彫っているというのである。 しかし彼は東京から京都まで、いつどうやって行ったのか?何の目的があったのか?完全に記憶が失われていた。まるで世捨て人のように。
 その場所にTV番組のレポーターとして小松方正さんがスタッフと共に向かう事になった。
 小松方正さんを含めた関係者達は取材の前日、同じホテルに全員分を予約している。 しかし、ホテルに着いた関係者全員が今でも首を傾げるというのは、いざ皆で取材に行こうと皆で待ち合わせ場所に行っても、全員がそろわなかった事だという。 同じ日に同じホテルである。インターホンもあるし、連絡はいくらでも取れるはずだ。現にスタッフの一人が、
「これから皆で現場に向かうので、1階のロビーまで来て下さいね。」
と、確認の電話を全員に入れたらしいのだ。
 後日稲川さんが小松方正さんに聞いてみたところ、小松さんの場合は集合の電話をもらってまもなく1階のフロントまで行ったのだが、誰もいないのでしばらく待っていたそうだ。それでも誰も来ないので場所を間違えたかと思い、スタッフ達を探しに周ったらしい。
 あるスタッフによれば、やはり集合の電話をもらってから間もなく1階のロビーまで行ったのだが誰もいない。 つまり全員が全員「行き違い」だったのだ。
 結局この撮影ではスタッフ達が集まらない為に撮影は中止。全員で東京に引き上げたのである。
 
 しばらくしてから、今度は一度スタッフだけ先行して現地に向かおうという事になった。
 しかしである。
  TV局の人間が手配した新幹線の切符は、全員が全員、乗る時間、乗る電車、目的地がバラバラで使い物にならないという事態が起きていた。 切符の手配をした人にもJRにも、まったく不手際はないのだ。
 そういった混乱がありながらもTV局も今度は強行日程である。全員で到着するなり京都にいる人形の製作者にインタビューをして、日帰りで東京まで帰ってきたそうだ。
 ところが、東京に戻った彼らを恐ろしい出来事が待ち構えていた。
 自宅に戻ったこのTV番組のディレクターの奥さんの、首から下が真っ赤に腫れ上がっていた。原因は不明。 そして新幹線の切符を手配した女性の息子さんが交通事故に遭って入院していた。 更に脚本の構成家、彼の家で飼っている犬が、前足がガクガクになってしまってまったく立てない。同じく原因は不明。 誰ともなしにそれらの出来事が起きた時刻を話してみると顔色が変わった。 ほぼ同じ時刻だったのだ。
 稲川さんも含めたTVスタッフ達の間にも重苦しい雰囲気が立ち込めていた。しかし撮影は進んでしまっているし番組も放送の構成をされてしまっている以上続行しなくてはならない。
 稲川さんの家にもカメラは入って少し撮影して行ったそうだ。
 
 そしていよいよ、今度はTV局のスタジオ収録の日がやって来た。収録はそのTV局の最上階にあるリハーサル室で行われる事となった。
 スタジオ内のほぼ中央にあるイスに腰掛けて合図を待つ。
 目の前のカメラを操作している人や照明さんは、稲川さんとは旧知の間柄。和やかに準備は進む。やがて開始の合図が出て収録が始まった。
 
「・・・え~、私つい最近人形と一緒に芝居をする事になりまして・・・。これは人形にまつわる」
「ごめ~ん。カメラ止まっちゃった。」
 
 仕方なく別のカメラを持ってきて撮影は再開された。
 
「・・・え~、私つい最近人形と一緒に芝居をする事になりまして・・・。これは人形にまつわる」
「・・・また止まっちゃった・・・。」
 
 故障が立て続けに起きてしまったのだ。今現在使えるカメラがここには無い、という状況になった為、倉庫においてある古いカメラを持ってくる事となった。
 用意されたカメラは、太いワイヤーの付いた巨大なカメラ。今から20~30年前くらいに使われていたようなカメラである。
 しばらくのセッティングの後、撮影は再び始まった。しかし、この頃になると稲川さんを含めたその場にいる人間たちの間にいいじれぬ恐怖が漂っている。
そうでなくても色々な事故や不吉な出来事が起きているお芝居の話であり、今はその話を扱うTV局にも降りかかってきているのだ。
 
 しかし稲川さんは恐怖を我慢して気分を落ち着かせ、冷静に話し始めた。
 
「・・・え~、私つい最近人形と一緒に芝居をする事になりまして・・・。これは人形にまつわる」
 
ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!
 
 突然リハーサル室の扉を叩く音がスタジオ中に響き渡った。 カメラは回っている。外の壁には「本番収録中」を知らせる赤いランプが点灯している。 それにそもそもここはTV局である。 そんな事をする人間はTV局内には一人もいない。 しかし扉を叩く音は段々と大きくなって行く。
 
ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!
 
 稲川さんもその音のあまりの大きさに驚きながらも、カメラは回り、本番の撮影中であったため話を続けた。 しかし、ふと稲川さんは視線を感じた。番組のディレクターである。彼は稲川さんの様子を見て、観客を見て、スタッフを見た。 明らかに困惑しているのである。
 尚も扉を叩く音は鳴り止まない。
 
ドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!!
 
 するとディレクターが真っ青な顔をしながら扉の方に向かって走って行き、扉を勢いよく開けた。
 
バーン!!!
 
 誰も居ないのである。
 現在稲川さんたちが居るここのスタジオは通称「Aリハーサル室」と呼ばれており、廊下を挟んだ向かい側にもう一つ「Bリハーサル室」がある。 しかしこの時「Bリハーサル室」は使用されておらず、扉には鍵がかかっていた。さらに、この階は廊下が1本道で、奥の突き当たりにエレベーター、そしてエレベーターの横に階段が一つあるだけで他に隠れるような部屋は無いのである。 それにも関わらず誰も居ないのだ。
 
パタパタパタッ・・・!
 
と走り去るような音が聞こえるのであればまだ、いい。
そんな音すら何も無かったのだ。
 
 結果的にこの番組は、その後関係者達やTV局に事故があまりにも多発したために収録は中止。放送もされる事は無かった。
 
 しかししばらくすると、今度は東京にあるもっと大きなTV局から稲川さんの元に依頼があった。その少女人形にまつわる色々な怪奇な出来事を、紹介してくれというこの前のTV局とほとんど同じような内容であった。
 当時稲川さんはこのTV局で放送されていた芸能人の私生活追跡!みたいな番組で突撃レポーターといった役で出演していた。 そして時期も丁度夏場であった為、この番組のディレクターが稲川さんに声をかけたのだ。 稲川さんもあまり深く考え無いようにしていたため、これを承諾した。
 
 そして収録の日、TV局に着いた稲川さんが楽屋で休んでいると前野さんが例の人形を大事そうに抱えて到着した。
 その人形を見たとき、稲川さんはある事に気が付いた。
 人形の髪が伸びているのである。
 以前稲川さんがその人形を見た時には、おかっぱのセミロングであった髪が、この時点では完全に肩にかかっているのである。 一瞬自分の気のせいかとも思った稲川さんだったが、 どうにも釈然としなかったらしい。
 やがて前野さんは、楽屋にいるメイクさんからクシを借りて人形の髪をとかし始めた。 その様子をなにか背筋に寒い物を感じながら見ていた稲川さんに、前野さんが話しかけてきた。前野さんは当時51歳であった。
 
「他の人形は売ったっていいんだけど、この人形とだけは絶対に別れられないからね・・・。」
 
 尚も前野さんは笑顔で人形の髪をとかしている。
 
 その後リハーサルが行なわれ、45分後に本番が始まった。
 この番組は生放送である。しかし本番が始まったとたん、停電になってしまった。他のスタジオや調整ルームに連絡してみると、不思議な事に他の場所は停電になっていなかった。
 
 やがて電力も回復し、あらためて本番が始まる事となった。人形には紙風船が付けられてイスに置かれ、床には玉ジャリが敷かれ、背後に黒い大きな幕が垂れ下がっている。 そして番組司会の野村さんという人物が
 
「次は火曜日に出演している稲川さんのお話による、人形にまつわる怪奇なお話です。」
 
 といった紹介をした後に人形が映り、CMに入る・・・という段取りであったのだが、人形が映った瞬間に背後に下げてあった幕を天井につないでいる何本ものヒモが
 
スパッ!!!
 
と音を立てて一斉に切れ、幕が床に落ちてきたのだ。
 1本1本、プツンプツンと切れるのではなく、同時に切れたのである。そして落ちてきた幕が人形に当たり、人形はあたかも人間が床に崩れ落ちるかのようにガクガクッと体中の間接を動かしながら床に落ちた。 そして次の瞬間、TV局においては絶対に起きてはいけない、というよりは起きないはずの事が起きてしまった。
 天井に設置してある照明が落ちてきたのだ。
 照明一基とはいえ、一つ一つは大変な重さである。それ故落ちてきたらこれほど危険な物は無いため、絶対に落ちないように鎖で何重にもつなぎ、固定してあるのだ。
 落とそうにもなかなか落ちない物なのである。 それが落ちてきてしまった。
さらに、照明が落ちてきた地点とは離れた場所にあったカメラが壊れてしまったのだ。
 そして、この時スタジオに居たスタッフが一人、後日亡くなったそうだ。原因は不明。この番組にアシスタントとして出演していた女性のタレントも、後日交通事故を起こし、 雑誌で一斉に騒がれた為に、その後芸能界から完全に引退してしまった。
 
 こういった事件が次から次へと起きる事を知った稲川さんは、前野さんに相談を持ちかけた。
 
「もう、この人形を人目にさらすのはやめよう。舞台の事もその後の事件の事も、この人形にまつわる色々な不幸を番組で話すのも、いい加減にやめよう。」
 
という事であった。それほどまでに色々な事が起きすぎていたのだ。
 前野さんも稲川さんの話に納得し、稲川さんと前野さんは2人でこの人形を、久慈玲雲さんという有名な霊能者の方が居る事務所に持っていき、供養をしてもらう事にした。
 その後はお寺に納めてもらおうと思ったのだが、久慈玲雲さんは
 
「イヤだ。その人形は見たくない。」
 
と言って稲川さん達の申し出に応じないのである。久慈玲雲さんはこの人形を今まで一度も見たことが無いのだが、まるで全てを知っているかのように2人に説明してきた。
 
「こういうのは怖い。人間には魂があるけれど、人形には当然魂は無い、だから色々な念が入りやすい。もし動物や子供の霊が入ってきたらたまらない、私にも手に負えない。」
 
 しかし2人も必死にお願いして、結局久慈玲雲さんもしぶしぶではあるが供養してくれる事となった。
 
 2日後。
 
 稲川さんと前野さんの2人は人形に宿っているかもしれない得体の知れない何かが成仏してくれたという事を話題にしながら久慈玲雲さんの事務所を訪れた。
お礼を言いに来たのである。
 しかし、事務所は閉っていた。
 
「あれ・・・?おかしいな。」
 
 仕方が無いので電話で連絡を取ってみてもつながらない。仕方が無いのでこの日はあきらめる事とした。
 やがて1週間後に、今度は稲川さんが1人で事務所を訪れたが、やはり閉っている。しかしいつの間にか事務所の看板は無くなっていた。
 それっきりであった。 稲川さんは久慈玲雲さんとまったくの音信不通となり、完全に行方不明となってしまった。
 
 それから随分と経った頃の話である。
稲川さんが、久慈玲雲さんが亡くなっていた事を知ったのは。
 
 稲川さんの知り合いで、雑誌記者の人物がおり、この人も久慈玲雲さんの事を探していたらしいのだ。この人が久慈玲雲さんの様子を克明に調べ、雑誌に掲載したのである。
 それによれば、稲川さんと前野さんの2人が人形を持って訪ねた日の夜、突如倒れたのだ。しかしその場に居た人にも原因が分からなかったために病院に運んで行ったのだという。
 久慈玲雲さんというのはかなり大柄な、体重も80kgを超える太った女性の方であったのだが、3日でガリガリにやせ細ってしまったそうだ。死亡時の体重、なんと30kg台。 首を傾げ、不可解な笑みを浮かべた死に顔だったという。
 
「・・・そんな事あるの・・・?」
 
 とても信じられない話に稲川さんも驚いたという。
 その後稲川さんは前野さんに、この人形は写真を撮って、その写真だけ大事に持ち歩いているようにして、人形はお寺に預けようともう一度持ちかけた。 前野さんも納得し、稲川さんは知り合いのカメラマンの方に相談してキレイな写真を撮影してもらう事にした。
 久慈玲雲さんの事務所から引き取った人形を前野さんが撮影スタジオに持って行き、撮影は行なわれた。
 稲川さんと前野さんの2人は建物にある休憩所で待っていたのだが、写真を現像し終わったカメラマンが、悲鳴を上げながら暗室から飛び出してきた。
 驚いた稲川さんはその、たった今現像した人形の写真を見て思わず声を上げた。
今3人の目の前にある人形はまったくの普通である。しかし、写真に映ったその人形の姿は、すでに少女の姿ではなかったのだ。
 髪は床まで伸び、目は切れ長で妖艶な唇を持ち、真っ白い肌で顔立ちはほっそりとしていた。それは紛れもなく成人した女の姿で映っていたのである。
3人はその場に立ち尽くすしかなかった。
 
 しかし、稲川さんはこの時の事を思い返して悔やまれるのが、2人でお寺に人形を預けに行けば良かった、という事だという。 前野さんはその後、稲川さんから
 
「間違いなく預けるようにね。」
 
と念を押されていたにも関わらず、預けずに自分の家に持って帰ってしまったのだ。
 
 その後、今度は大阪にある有名なキーTV局から稲川さんの元に依頼があった。
もはや3回目となるのだが、やはり時期も丁度いいしあの人形についての番組を撮りたいから稲川さんにも出演して欲しいという事だ。
 この番組は毎週月曜日から金曜日のお昼14:00から放送している大変な人気番組であった。
 
「稲川さん、おすぎさんから聞いたんですよ。今話題になってますよね?シーズンも夏ですし、ぜひやりたいんですよ。」
「いや・・・もう、やめて下さい。あの話はしたくないんですよ。
申し訳ありませんが行けません・・・。」
 
 稲川さんはハッキリと断った。もはやあんな恐ろしい思いをするのはご免だったのである。 しかし、ディレクターの話を一度は断った稲川さんの元に、何度も誘いが来る。その内稲川さんと親しい人物も依頼をして来た為、とうとう断りきれずに番組への出演を承諾してしまったのだ。
 
「分かりました、では人形使いの前野さんという方と一緒に出ましょう。」
 
 こうして稲川さんと前野さんの2人は新幹線で大阪に向かった。
 そして番組のリハーサルが始まった。稲川さんはスタジオの真中に置かれたイスに座り、話す事となっている。稲川さんの背後には黒い大きな幕が天井から垂れ下がっている。 黒い幕の前には番組のタイトルを書いた大きなパネルの吊り下げられている。
 リハーサルが始まり、いざ稲川さんがイスに座ると天井の方から
 
ヒューーーーーーーーーーー・・・。
 
という、笛の音のような音が聞こえてきた。
 
(おぉ・・・雰囲気でてるなぁ・・・。)
 
 思わず稲川さんもそう思ったほどその音はハッキリと、大きく聞こえてきた。ここのスタジオは通常とは違い、実際に収録する場所と音声等を調整する調整ルームが同じ床の上にある。 通常は調整ルームだけが同じ階とはいえ階段を上っていった天井近くのスペースにあり、管理するのだ。その調整ルームから声が聞こえてきた。
 
「いいかお前ら!今日も番組成功させるぞー!失敗しても幽霊のせいにはしたらいかんぞ!」
「何言ってるんすかー、アハハ。」
 
 楽しそうに話している声である。 本番まではまだ時間があるため、稲川さんは前野さんを誘いコーヒーでも飲もうと、休憩コーナーに向かった。 するとそこではなにやらトラブルがあったらしく、複数のスタッフが大声で怒鳴り合っていた。 何事かと思い遠巻きに様子をうかがう稲川さん。
 
「おい!なんじゃい、あの音は!」
「い、いえ・・・。それが俺達にも分からんのですわ・・・。」
「分からんって・・・お前ら音声だろうが!?」
 
 するとその場に居た別のスタッフが、スタジオ内の音声を管理する現場の責任者を見つけた。先ほど調整ルームでスタッフに気合を入れていた人物である。 この管理者もこの場に呼ばれたのだ。
 
「あ、来ました。チーフです!」
「なんすか?」
「さっきから聞こえてるあの音はなんなんですか!?」
「いや~・・・俺らにもサッパリ分からんのです。」
「あ・・・分かった。ふざけてそんな事言ってるのとちゃいます?」
 
 緊迫した空気が少しやわらいだ。笑い声も沸き起こる。
 
「そんな事しませんって!バカにせんといて下さい!!!」
「またまた~、何言っとるんですか~。この、この~。」
 
「・・・わし、やっとらんぜ!!!」
 
 管理者は本気で怒り出してしまった。その様子を見た周りのスタッフたちの間に、再び重い空気が流れる。 稲川さんと前野さんは邪魔しないように静かに缶コーヒーを飲んでいたのだが、その稲川さんの元に遠くから廊下を走ってくるスタッフが1人いた。
 もの凄い勢いで走ってくる。そして息を切らせながら稲川さんに話しかけてきた。
 
「す、すいません稲川さん。今・・・番組に出演するはずだった霊能者の方が、局の前の道路で車にはねられちゃったんです・・・!」
「・・・えぇっ!?」
 
 思わず窓の外に目を向けると、外からはパトカーや救急車のサイレンの音が聞こえてくるのだ。
 
ファンファンファンファン!!!
 
「・・・あれがそう・・・?」
「そうなんです・・・!」
「で・・・どうするの?」
「えぇ、ですから本番に間に合うかどうか分からないんですが、別の霊能者の人を呼びますから、番組の中でつないで欲しいんですよ。」
「うん、分かった。つなぐよ。」
 
 するとその場に、同じ事を稲川さんに報告しに、プロデューサーがやって来た。
 
「稲川さん、実は大変な事になっちゃって・・・。」
「えぇ。今ADの彼から聞きましたよ。大変ですね。」
「いや・・その事だけじゃないんですよ。」
「・・・?」
 
 聞くところによると、その霊能者の人は「2人目」だというのだ。 最初の1人目は、前日の夜にそのプロデューサーがTV局の向かいにある大きなホテルのバーで会っていたのだという。
 その場では翌日の収録についての軽い打ち合わせのような事が行なわれていたのだが、その霊能者の人がそれまでは翌日の出演について特に何も言っていなかったにも関わらず、打ち合わせの最中急に
 
「・・・やっぱり、申し訳無いんですが明日の出演はやめさせていただきます。」
 
と言って来たというのだ。
 
「えぇっ!?ど、どうしたんですか、急に!?」
「いえ、申し訳ありませんとしか言えません。わたしは行かない方が良いみたいです。」
「そ、そのような事を今になって急に言われても・・・。どうしたんですか?一体・・・。」
「・・・これはちょっと、私の手には負えないようです・・・。」
「なにがですか?」
「・・・さっきからあそこで・・・女の子が私の事をジーッと見てるんです・・・。」
 
と言ってプロデューサーの背後の方角を指差した。
思わず後ろを振り向くプロデューサー。
 
「・・・誰もいないですよ・・・?」
「・・・いえ、わたし見えてますから・・・。多分・・・人形の女の子だと思います・・・。私行ったらきっとまずい事になります・・・。」
「・・・いや、あの・・・そんな事はないですよ。」
「いや・・・まずいです・・・。」
「そこをどうにか・・・頼みます!」
「・・・分かりました・・・。では行きましょう。」
 
 こうして1人目の霊能者の人は出演してくれる事になったのだが、プロデューサーと別れた後、この霊能者の人は原因不明の高熱を出し、倒れてしまったという。 その為に出演は無理という事になり、仕方がなく大急ぎで別の霊能者の人物を探し出し、TV局に来てもらう事となった。
 その2人目の霊能者の人もまた、局の目の前で車にはねられるという事故に遭ってしまった訳である。
 
 そして霊能者の人が不在のまま番組は始まった。生放送である為に本番である。
稲川さんはイスに座り前方を見た。 しかし丁度真正面から強いライトが当たっている為に、まぶしくて前がよく見えない。話し始める合図は誰が出してくれるのか分からない稲川さんは横を見た。
 すると、背後にある黒い幕が引っ込んでいるのだ。
 
 分かりにくい状況の為補足すると、稲川さんたちがいる側を黒い幕の表として、そして幕を隔てた向こう側を裏とする。裏側にもし人が居たり何か物が置いてあるのであれば、幕が稲川さん達が居る表側の方に向かって出っ張っているはずだ。
しかしそうではなくて、稲川さん達が居る表側の方から裏に向かって幕が引っ込んでいるのである。当然、何も無い。
 その引っ込みが、徐々に稲川さんに向かって進んでくるのだという。
 
(うわ・・・イヤだなぁ・・・。)
 
 そう思いゾッとした稲川さんであったが、カメラに向かって話し始めた。
 
 


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