1800年代中頃、
米国とカリブ海諸国の奴隷制の廃止により、
ハワイを基点とする砂糖プランテーションの経営者たちは、
世界中の砂糖に対する渇望を満足させるために、
中国を手始めに、日本、フィリピンなどから
安い労働力を輸入しました。

移住労働者の流入は、
島のデリケートな生態系だけでなく、
ハワイの社会に対しても深刻な影響を与えました。

プランテーションの経営者たちが、
砂糖を植えるために低地の多雨林を伐採した一方で、
移住労働者たちは、
新しい土地で自分たちが必要とする食糧と薬を維持するために、
新しい穀物を導入してゆきました。

その中でも特にサトウキビ産業は、
1850年代にアメリカ本土からの需要が増大し、
ハワイ経済を支える第一産業にまで発展を遂げました。

しかしその一方で、外国人のもたらした伝染病により、
ハワイ原住民の人口が急激に減少してしまいました。

そのためプランテーションのオーナーは、
安い賃金で働く労働者を
外国に求めなければならなくなったのです。

これが、ハワイが多民族社会となった要因であり、
移民の始まる原因なのです。


次回に続きます。

沖縄移住 ブルーボトルコーヒー 寝太郎
【コーヒー苗とヒマワリ】