こんにちは。ちょこ3です![]()
ある意味、前回の続きです。
【霊能者】は霊体験をして、苦痛や体調不良になる方々がいます。
それを信仰により、乗り越えることが出来れば、幽霊も眷属も神仏も「見聞き出来る」ようになるのだと思います。
神社・仏閣の本職の方々に、「幽霊を見る」事を悪く言われても、気にする必要はありません。
既に「辛い目にあっている」方を、【霊的な知識】が足りなくて、慮る事が出来ないだけですから。
上記の内容を、説明します。
聖書に記されている通り、イエス様が修行中に、現れた悪魔に試されています。
同じように、【霊能力】の初期段階で、低級霊達が現れる事があります。
これらの霊達は、悪戯や嫌がらせ行為をする場合が多いです。
金縛りになりやすい時期です。
(金縛りには、幽霊以外の場合もあります)
過去記事にも書きましたが、
人間が死んでも、そのままの性格です。
いきなり、神仏のように「悟り」を開くわけではありません。
成仏しても、修行が続きます。
上記の低級霊達は、成仏せず、時には集団で、悪戯や嫌がらせ行為をしているのです。
つまり、今生きている人間で、他人に悪戯や嫌がらせ行為をして、喜ぶような方々は、要注意です。
私自身が見聞きした、ホンモノの【霊能者】の方々の初期段階の特徴です。
・真面目
・怖がり
・人に気をつかう
・気が弱い
・その他
このような性格なので、上記の低級霊達の「虐めの対象」になります。
[現実の世界]と変わりません。
【霊能者】としては、乗り越えなければなりません。
【霊能力】の修行でもあり、試されているのです。
イエス様を見本にされると、分かり易いと思います。
「信仰心」「怖がらない」等、相手のペースに乗らないようにします。
[現実の世界]の虐め同様、怖がったりすると、喜ばせるだけです。
私の母親もそうですが、この段階で挫折して、「視えないようにしてもらう」方々が、割といます。
私の場合は、ある日ブチ切れて、「こんな奴らに負けてたまるか
」と、喧嘩をして以来、その低級霊達は来なくなりました。
私にとって、一番恐い存在は、唯一神(創造神)なのですから。
(過去記事有)
乗り越える方法は、人それぞれです。
【霊能者】の方々が、神社・仏閣や霊山などで修行をされたり、本職になる方々もいます。
基本的に、「信仰心」「恐怖心の克服」など、精神力は必要でしょう。
「幽霊を見る」こと自体は、悪い事ではありません。
必要な時に、仏様に「見せられる」場合もあるからです。
ただ、【霊能力】という、能力のスイッチが入っているだけです。
この段階を、経験されていない【霊能者】の方々もいます。
例えば、
神仏事をされている。
神棚がある。
御札を貼っている。
この場合、個人的な意見なのですが、精神面で「打たれ弱い」方が多い気がします。
苦痛の日々を耐えて、乗り越えた【霊能者】の方々は、神仏に縋りながらも、ある程度の低級霊には、動じなくなっているのです。
どちらが良い悪いも無いとは思いますが、どこまで「耐えられる」という、「差」は出ると思います。
神社・仏閣の本職の方々に、
「幽霊を見るのは、貴方に悪いところがある」
そのような内容を、言われた方々がいると思います。
私は両親に「真面目に生きるように」と、言われて育ちました。
学生の頃は、不良が流行っていて、不良の姿の猫グッズさえありました。
死んだ方がマシかもしれない時期に、不良にならず、不良を差別もしませんでした。
生き死に関係無く「人に嫌がらせ行為をする」人間が、不良とは限らないからです。
当時の私の家には、御札や神棚がありませんでした。
霊的に苦痛な日々を、独自の方法で、乗り越える事になりました。
働くまでは、頻繁に、神社・仏閣に参拝する事も出来ませんでした。
参拝するようになり、「幽霊を視る事が困る」と相談すると、本職の方々に「悪い人間」のように見られることに気付きました。
理由は知りませんが。
真面目だった私は、「悪いところがある」から、「我」を捨てようと、頑張りました。
過去記事にも書きましたが、ロボットのように、空虚になるだけです。
神仏も個性があるのですから、「我」を無くすことは、道理ではありません。
「我」が中心で、「譲り合い」の精神が無いことが、問題なのです。
今だから思うのですが、どう考えても、「悪戯や嫌がらせ行為をする」低級霊達の方が悪いはずです。
結局のところ、
本職の方々も、私も、【霊的な知識】が足りなかったのです。
【霊能力】も例外なく、乗り越える【壁】があるという事になります。
続きます。