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携帯小説『夕日で、彼女とワルツを(仮)』

高校一年の五月。父が突然いなくなった。主人公の藤川圭吾(ふじかわけいご)は家庭の為、都内の高校へ転校する。転校すると同時にいじめ。毎日いじめにあっても彼が学校に通う理由とは・・・

 宿に着くと、両親が既に帰っていた。あたしの両親は仲が良い。カップルみたいに、いつだってラブラブだ。
 「父さん達はこれから食事に行くけど、沙耶(さや)は?」
 「あたしはいいや。二人で楽しんできて」
 あたしの本名は西川沙耶。学校のみんなは本名を知らない。もうお酒が飲める歳だってことも。携帯を開いた。アドレスに残された彼の名前。消せずに、ずっとあるその名前を眺める。そして、メールを打つ。


 『久しぶり。アフリカに居るって聞いた。このメールをいつ見るかわからないけど、どうしても聞きたいことがあるの。石川真紀さんと、荒井真美について。山田晃子先生に全て聞いた。連絡、待ってます。』

 深呼吸をし、送信ボタンを押す。あたしは、返事を待った。いつ返ってくるかわからないメールを。もしかしたら、一生返事がないかもしれないメールを。





 携帯が鳴る。気付けば寝ていたらしく、慌てて飛び起き、携帯を開く。



 圭吾だった。
 


 適当に返信する。
 また返ってくる。一言だったので返さない。
 また、メールが来る。しつこいと思いつつ、メールを見た。


 『久しぶり。元気か?俺は今大阪にいる。話がしたければ、明日大阪に来い』


 胸が高まり、あたしは急いで荷物をまとめて鳥取を後にした。運良く車で来ていたので夜道を走る。一刻も早く、彼に会いたい一心で。何を話そう、何て言おう。ちゃんとした服、持ってくれば良かった。少女みたいな、気持ちになって。途中のパーキングエリアで彼からのメールをチェックする。彼は今、大阪の吹田市と言うところに住んでいるらしい。1人で住むには広すぎる、マンションの一室で。明確な住所を聞き出し、アイスコーヒーを買ってまた走りだす。夜の高速道路は、あたしの妄想を膨らます。





 早朝、辺りはまだまだ暗く、コインパーキングで駐車し、歩いて彼が住んでいるマンションへと向う。もちろん、外には誰もいない。マンションは東京にあるマンションほどは高くないけど、比較的新しかった。中に入るには、外のインターホンで彼に頼んで開けてもらうしかない。寝てるとわかっていても、もしかしたらという期待を胸に、インターホンを押す。

 応答がない。

 もう一度だけ、押す。

 やはり、応答は無かった。あたしは日が昇るまで車に居ようと立ち去ろうとした時だった。

 
『昔と、なんも変わってねーな』
 スピーカーから懐かしい声がする。
 「起きてたの?」
 『起きてたの?じゃねー。起こされたんだよ。5階の505号室な』

 ドアが開き、中に入る。エレベーターに乗る。日頃聞こえない心臓の音が、ドクンドクン、鼓膜を響かす。エレベーターを出ると、彼が立っていた。昔より、大分日焼けして、男らしくなった。

 
「よう」
 「バスローブの格好で、やく家から出られますね」
 
「皮肉っぷりも相変わらずだな。まぁ入れよ」
 奥にある505号室。彼の後をついていく。デザインされた、綺麗な部屋。言い換えれば、家庭的でない部屋。彼はキッチンに入り、私はソファーに座る。壁には彼が撮った写真が飾られている。

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 夏休み。久々の家族旅行。鳥取に行きたいって言ったら、連れてってくれるって。なんだか少し、照れくさいけど。


 東京よりも暑い鳥取。鳥取砂丘とか行ったり。あたしは久々に、焼けるほどの強い日差しに当たった。暑いけど、半袖は着ない。いつだって長袖。三泊四日の家族旅行。一日だけ家族みんなで過ごし、あとの二日は単独行動。私は晃子先生がいる学校に向かっていた。本来なら夏休みなので先生はいないのだけど、ちゃんとアポを取っておいたので、わざわざ学校にきて下さるらしい。晃子先生は小学校の先生になっていて、生徒から人気があるらしい。



 久々の小学校。あたしの学校じゃないけど。建物や遊び場、校庭、何もかもが小さく見え不思議の国のアリスになった気分。晃子先生はたまたま、校門に植えてある草木に水やりをしていた。卒業アルバムに写っている写真より老けたけど、穏やかな顔つきになっていた。



 「あなたが・・・西川沙織さん?」

 「はじめまして。先日メールさせていただいた冴織です。夏休み中に、すいません」

 「いいのよ。昔の学校の生徒に会えるってそう無いわ。立ち話もなんだから、どうぞ」

 晃子先生は学校内を案内してくれた。廊下には生徒達が作った絵画が貼られていた。





 私には、学校に行った記憶なんてあんまりなかった。







 「どうぞ。」

 クーラーの効いた教室。晃子先生がわざわざクーラーを入れてくださったのだ。あたしは高校よりも小さな、イスに座った。

 「メールで一通りお話は見させて貰ったわ。」

 あたしの横に座る。

 「もう、私はあなたの学校の教師ではないから、全てを話すわね。長くなるけどいいかしら?」

 「是非、聞かせてください」

 「いつだっかしら・・・・たしか、98年に彼女たちが入学してきたの――・・・





 98年。私達教師を含め驚いた。だって名字も、両親も、住所も違うのにうり二つの女の子が入学してきたんですもの。実は私が二人の副担任だったの。学校中話題になったわ。何しろ、彼女達は美人でそっくりなんですもの。


 私はね、移動教室の時に彼女たちに聞いたのよ。どういう事かって。そしたら彼女たちも初めは驚いたんですって。この世に自分と似た人が3人いるって聞いたことあるけど、本当に居たなんて、って。でもお互いご両親に聞いたらしいのよ。そしたら・・・







 血のつながった姉妹、双子だったの。



 「え?名字も、住所も違うのに?」

 あたしは口を挟む。先生は淡々と話を続ける。


 そう。これは後で聞いた話なんですけどね、彼女たちは元々母親、つまり・・・真紀さんのお母さんの子だったらしいのよ。でも、とある理由でご両親が別れることになり真紀さんは父親真美さんは母親と暮らすことになったの。時が経ってそれぞれのご両親が再婚なさった。真紀さんも、真美さんもご両親が本当の親だと思っていたんですって。



 「残酷な、話ですね」



 そうね。もっと酷いことが起きたわ。それは真美さんの義父さん真紀さんの義母さんがそれぞれ怒ったらしいの。


 「この世にもうひとり真美(真紀)がいるなんて、考えられない。」


 酷い話なんだけどね。そして二つの家庭が話し合った。どちらかが遠くに引っ越すか。勿論どっちも譲らなかったわ。そしてお父さんと、義父さんが、もみ合いになった。





 急に先生が黙り出す。あたしはじっと、晃子先生の顔をみつめる。



 義父さんが包丁を持ち出した。お父さん守ろうとしたのでしょうね、飛び出した真紀さんは、真紀さんは・・・・









 誤って刺されてしまった。




 晃子先生はスカートをぎゅっと握る。


 義父さんはひどく慌てて、後日、自殺なさった。




 ――・・・・これが彼女達の、あの学校の隠された真実」


 「そんなことがあったなんて・・・全然知りませんでした。」

 「そう。誰も知らないように、学校が隠したの」

 「なぜですか?」

 「私にはわからないわ。でも、人が二人も死んだら世間の風当たり、良くないでしょう?だからじゃないかしら」

 「え、じゃあ当時の生徒達も口封じされたってことですか?」

 晃子先生は首を振る

 「演じたのよ」

 「え?」

 「真美さんがね、真紀さんを演じたの。『突然ですが、転校することになりました』って。何しろ、双子ですから。誰も気付かなかった」

 「そんなことって」

 「あったのよ。現実に」

 あたしは、今聴いた話をゆっくりと整理した。

 「じゃあアルバムの三年の写真は?」

 「個人写真かしら?どちらも、真美さんよ。転校してしまった仲間と一緒に撮りたいっていった生徒達の要望で、ね。もちろんみんな、真紀さんだとおもっているわ。」


 ドラマみたいな、出来事。真美さんの気持ちを思うと、胸が苦しくなる。

 どんな気持ちで、無くなった姉妹を演じたのだろう。


 「そういえば・・・とある理由で別れたって、どんな理由なんですか?」

 先生は首を振る

 「じゃあ、お父さん義母さんお母さんは生きていらっしゃるんですよね?あと、真美さんも」

 「わからないわ。義母さんお父さん真紀さんが亡くなった後離婚なさったそうよ。お母さんはたしか・・・元々身体が強くなかったせいか、持病で亡くなったって。真美さんは卒業後、大学にも行かず、就職もせず、卒業式後音信不通。」


 連鎖のように、人って亡くなるんだ。


 そう、思った。あたしは貴重なお話をしてくれた晃子先生に礼をいい、学校を後にした。頭の中がグチャグチャ。ひとまず、宿に帰ってゆっくり整理したかった。




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 「いらっしゃいま……おお圭吾!久しぶり」
 気付けば健司の店に来ていた。子犬達、子猫達がたくさんいる店。
 
「オヤジー、圭吾が来たぁー」

 奥からオヤジと呼ばれた男が出てきた。何度かお会いした、スキンヘッドの男。
 「おぉ、圭吾かぁ」
 図太い声、首には金のネックレス。誰がどう見ても組にいそうな男。両手にはチワワ。
 「可愛いですね。そのチワワ」
 「そうだろう!この前生まれたばかりなんだ」
 オヤジさんは一匹、僕に手渡した。小さいけど温かいチワワ。オヤジさんは僕の顔をみて、頭に手を乗せる。小指の先がない大きな手。

「よし、肉食いに行くか!」









 店の近くにある安楽亭へ入る。柄シャツを着たオヤジさんが入るなり、店員の顔が引きつる。健司とオヤジさん。一緒に歩くとパシリの若造、になった気分だ。
 
「ご注文が決まりましたらお呼びください」
 アルバイトの女性は、水とお手拭きを置く。慎重に。
 
「飲みもん何にする」
 
「あ、えっと…じゃあコーラで」
 
「辞めとけ」
 ギロリと睨む。
 
「骨が溶けるから辞めとけ」
 あ、はいすいませんとこじんまりとして謝る。
 
オレンジジュースにしとけ」
 
「はい」
 「じゃ、俺も」
 オヤジさんは3本指を立てる。
 
オレンジジュース3つで。あと肉食べ放題」
 店員はビックリした顔で立ち去った。

 出されたオレンジジュースを強面のオヤジがストローでチューチュー飲む姿に思わず笑ってしまった。健司も笑う。オヤジさんも笑う。
 
「元暴力団がオレンジジュース飲んでるなんて笑えるよな」
 健司が腹を抱えて笑う。
 「えっやっぱりそっち系の人だったんですか?」
 
「こっちじゃねぇぞ?」
 オヤジさんはオカマの真似をする。怖いけど、とてもユーモアのある人。僕は、先程の出来事を忘れる為にも、いっぱい笑って、いっぱい肉を食べた。健司はオヤジさんを尊敬している。そんな二人を見ているだけでがポロポロこぼれてきた。
 「食え食え」と泣く僕を二人は温かく見守ってくれた。


 落ち着いた頃、僕は今日あったことを話した。デザートのバニラアイスは溶けていた。
「禁煙してるんだが」
 そういってオヤジさんはタバコを一本出した。

 
「この話をする時はタバコがねぇと上手く話せねえ」
 フーッと煙を吐く。

 
「知っての通り、俺は男手1人でコイツを育ててる。」
 また一吹き。

 「嫁はな、コイツがちいせぇ頃に逝っちまったんだ。」
 そうなんですか、と相づちをうつ。

 「嫁はな、ソープ嬢でな。俺はそこの客だった。綺麗な女でな、俺はバカみたいに毎日通った。そして嫁に結婚を申し出た。嫁は喜んだが、借金があるから結婚出来ねぇって断ったよ」
 タバコの灰を落す。

 「俺は嫁の為に働いて、危ない橋を渡ってなんとか嫁の借金を返したんだ。したらコイツが生まれて、そりゃあ毎日が幸せだった。でもな、幸せはそう長くは続かなくてよ、癌で逝っちまった」
 吸いかけのタバコを消す。

 
「俺はこんな身でよ、頼る親戚の当てもなく、組から抜けてオヤジが残した小さなペットショップのあとを継いだんだ。まともに働いたことねぇし、生き物扱うんでなかなか最初は上手くいかなかった」

 水を一口。


 「でもな、コイツには辛い想いをこれ以上させたくねぇって思ってよ。かーちゃんみてーに美味くねぇが毎日弁当つくったし、授業参観にも、運動会にも出た。これしか、俺にはコイツにしてやれねぇから。女じゃねぇから乳もでねぇし。」

 今度は健司が口を開く。

 「そりゃあ授業参観の時にかーちゃんが来てくれるヤツは、正直羨ましかった。でもさ、一度だって寂しいって思ったことはなかった。学校から帰ってくるとオヤジが『おぅおかえり』って言ってくれるし、一緒にメシも食えたし」

 照れを隠しながら話を続ける。

 「片親だって、もう片方から大切にされてるってわかれば、辛くない。圭吾はさ、かーちゃんから愛されてないのか?」



 だまって、首を振る。

 「毎日、家に帰ると『お帰り』って言ってくれなかったのか?」

 「言ってくれた」

 「毎晩、一緒に夕飯食ってくれなかったのか?」

 「食べた」がまた、溢れてくる。

 「お帰りの一言、夕食を食べる、それだけでも十分、愛情を感じないか?」

 「うん」かすれた声で返事する。


 「大丈夫、お前は愛されている


 オヤジさんの一言で声を出して泣いた


 「たとえオヤジがいなくなったって、お前のかーちゃんが、お前を愛しているから。今度はお前が、かーちゃんをささえてやりな」



 愛されたい。愛されてないのではないか?自分の中での葛藤、不安が、涙と一緒に流れ落ちた。父さんには愛されていない。でも、母さんがいる。

 そう思えただけでも、気持ちが軽くなった。





 いつも身近で僕を愛してくれる人が居ることに、気付いた。












 オヤジさんは僕を家まで送ってくれた。珍しく、母が起きていて、玄関まで出て深々と頭を下げた。僕も下げた。


 「じゃ、また二学期な。」

 「いつでも遊びに来いよ」


 車の音がどんどん遠のく。横にいる、やせ細った母に、初めて言った。




 「今まで、ありがとう。今度は僕が、母さんを支えるから」






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