サンタからのプレゼント♪(レコードの針)
今回はチトまじめな話です
俺はサンタの存在を実は信じてます、、ガチに・・・
別にキリスト教とか仏教とか関係なしに、なんらしかのプレゼントをくれる存在として信じてるんです
で!本題なんですけど
サンタさんからプレゼントを頂きました♪
それは形のあるものではなくて
「今日」っていう名前です♪
どぉいう事かというと、「今日」という日の大切さというか今生きている瞬間が一番大事な時だという事に気がついたという事です
コレは、ホンマに文章で書いたら簡単なんですけど、ホンマに目からウロコというか・・・今の今まで今日という日をあまりにも無視してきた自分がいました
人生が1本の線で引けるとしたら、線は点の集合体であるといった考えなら「過去」も「未来」も全て「今日」という日の連続でできてます
つまり、「今日」がつまらない、、そのつまらない日が続くと「つまらない日々」になりそれがやがて「つまらない過去」「つまらない未来」へと繋がる
「今日」という日は本当に大事という事を、最近気づいてコレが今年一番のプレゼントだと思ってます
哲学的な考えがスゴイ好きなので、ちょっと考えたんやけど
俺らは一人一人、神様からレコードを渡されて生きてきているんやと思ってます
しかし、多くの人がそのレコードは再生専用のレコードだと勘違いをしているのではないだろうか
つまり、どういう事かというと、神様が書いたシナリオどおりをただ再生しているだけの人生であると錯覚しているのだ
「これは神の運命だからあきらめよう」
「この事は最初から神によって決められていたのだ」
「全ての事柄は全て最初から決まっている」
こういったアカシックレコード的な考えは非常にバカらしいと思う
それじゃ、何か?俺らは恋愛して結婚して・・・苦悩してというのは神の気まぐれでおきているのか?それならなぜ生をうけたんだ?
そんなレール絶対嫌や!
よく「神のいたずら」とかいうけど、そんなんで納得できないよね~
で、俺が言っているレコードというのは、その名の通りで「record」=記録
そう、神から与えられたレコードはただ単に自分の人生を記録するだけの能力しかない
この世に、というか母親の胎内にいる時にそのレコードに初めて針がおとされる
そしてターンテーブルが回り 「MY LIFE」というレコードが刻まれる
今俺らはレコードのどのへんに針を落としているのかな?半分くらい?それとももう終わりに近い?いやまだまだある?
でも、そんな事は問題じゃない、針を落としているところ・・・・それが「今日」という名前であり「今」という瞬間、それが一番大事
この瞬間が連続となって過去の記録となる
過去に悔いがあろうとも、このレコードは1回しか書くことは出来ない、RW(リライタブル)じゃないから
だから過去を悔いてもいいけど、過去を変えようと馬鹿な事をするのは時間の無駄、、そもそも不可能やねんから
そうこうしている間にもターンテーブルは回り続けている
俺らは「今」をもっと楽しく生きるべきだと思う
「未来」は「過去」の延長ではない
「未来」は「今日」の延長
だから「過去」をもちだして「未来」を悲観する事はない
「過去」を変える事ができなくても「今日」が変われば「未来」がかわる
そう、自分の悲観している未来を変えるのは「今日」変わるしかない
人生のターニングポイントとよくいうけれど、多くの人は外的要因によってのみもたらされると思いがちやけど結局ターニングポイントの使用個数制限なんてないんやから、自分で置いたらええねん
今、俺の人生を刻んでいるこの「針」
いままで、この「針」を凝視したことはなかったけど、これからはこの針をもっと注目してみよう
この針を楽しくビートさせれば、楽しいリズムが刻まれる
その針こそが「今日」であり「今」なんやから
楽しく人生を生きるには
まずは「今日」を楽しむ事を気づいた
サンタさんマジサンクス♪
これからの人生バラ色やん♪
長文でしたけど、これがサンタからもろたものと、俺の哲学?です(笑)
楽しく生きましょう☆






