かわかみりゅうのブログ -116ページ目

菅原やすのりさんのマネージャー

昨日、菅原やすのりさんのマネージャー
Nさんにお悔やみのメールを送った。


Nさんとは気楽に話せる関係だった。

中国へツアーの撮影に行った時
大連が思ったよりも寒くて
薄着しか持っていなかった私は
Nさんたちと一緒に
デパートへ買い物に行ったり
一緒に食事をしたり…

ホテルも同室で
朝、大連の公園で
奇妙な踊りをする人たちを
窓から二人で眺めたりした。

今思えば、本当に楽しい時間だった…


菅原さんが亡くなったのが4日で
8日が地球歌の日という
大きなイベント…

マネージャーとしての彼の仕事は
想像できないほど大変だっただろうと思う。

イベントが終わっても
マスコミ対応など
まだまだ色んなことに追われていると思ったが
どうしてもメールを送りたかった。

夜、Nさんからメールの返事が来た。

「川上さん、これまで中国をはじめ
いろいろ映像を作ってくれて
有難うございました。

菅原も病室で
川上さんが作ってくれた映像を
見ているときは
とても嬉しそうでした」

私は、一人、声をあげて泣いた…

菅原やすのりさん

数年前、私は前立腺がんの検査結果が
出るのを不安な気持ちで待っていた。

結果が出るまでの一週間、
自宅で編集の仕事をしていた。
歌手・菅原やすのりさんのコンサートビデオの編集だった。

もしガンだったらと思い悩み
苦しみながら仕事を続けていた私を
励ましてくれたのは
菅原さんの歌声だった。

力強く
そして優しい歌声に
編集をしながら
私は思わず泣いてしまった。


菅原さんとの出会いは
今から8年ほど前
奥様の菅原明子さんの番組を担当したことが
きっかけだった。

以来、菅原さんのコンサート撮影はもちろん
日中友好ツアーのドキュメント撮影で
大連に連れて行っていただいたり
東日本大震災の被災地での活動を撮影したり・・・

毎年8月8日は
国際平和と地球環境を考えるイベント
「地球歌の日」の撮影を担当してきた。

昨日の8月8日
地球歌の日のステージの最後に
奥様の菅原明子さんから
菅原やすのりさんが
4日に亡くなられていたことが語られるとは・・・

病気のことは知っていたけれど・・・

必ず復活するものと信じていた・・・


ジムに通い
いつも日焼けしたように真っ黒で
「年をとればとるほど
ますます元気になってきた」と
力こぶを作りながら
ニコニコしていた菅原さん・・・

中国の喫茶店で打ち合わせしているとき
「ここの部分は
こんな気持ちだから
こんなふうに歌うんだよ」
と、急に大きな声で歌い始めた菅原さん・・・

コンサートを控えた数日前に
何かを思いついたり
ひらめいたりすると
突然、電話やメールで
「あの歌は、こういう感じで撮影して」と
連絡してきた菅原さん・・・



心よりご冥福をお祈りいたします・・・

世田谷親子読書会

本日は世田谷親子読書会の
「かしの木」さんのお招きを受けて
砧図書館の地下で
おはなし会を行いました!

で、集まったお子さんが
4歳5歳6歳を中心に
合わせて50人(てきと~)!!!

お母さま方が20人(てきと~)!!!

赤ちゃんも入れると総勢100人のお客さま(てきと~)!!!

中里雅子大先生と一緒に
紙芝居や絵本、素話、てあそびをご披露したのですが
皆さん熱心に聞いてくださったので
40分の予定が50分にもなってしまいました!!!

とても熱いおはなし会になったので
最後の紙芝居を演じている時などは
頭に熱が出てきたようで
倒れそうになっていたワタシ・・・

会が終わっても
可愛いお子さんたちに囲まれて
つつかれたり
たたかれたり・・・
まるで砧図書館のゆるキャラ
「きぬりん」(なんじゃ?そりゃ?知らんぞ!)
のようでした。

あ~楽しかった!!!

またみんなと会いたいな!!!

私たち「ほほ」は
呼ばれるとどこへでも出かけて
自分勝手なおはなし会を行います!

お気軽にお声をおかけ下さい!!!

「かしの木」のみなさん
本当に今日はお世話になりました!!!
ありがとうございましたっ!!!