王さまの耳はロバの耳
最近思ったこと
王さまの耳はロバの耳
お喋りな人は基本、人間関係を構成するのが下手で結果信用されない気がする。から童話を思い出した。
この話は寛容な心を持てって話らしいけど
死刑されそうになった床屋は反省したんだろが
床屋の行動にスコープを当てないけど
そもそも何で喋るんだろうか。
お喋りは人の本質なのか。
お喋りってのも口数が多いとかって意味では無く。
自分本意や自分の基準だけで他人の事を話して行く人のこと
秘密や機密事項を話すなんて問題外ですが
童話では言う(笑)
相手の思い、欲を言えば立場環境を考えず
勝手に話してしまう人
自分なりに良いように解釈して他人へ話して行ってしまう人
解釈も
意図的だったり無意識だったりケースは色々あるだろうが、
そういうの関係なく
こういう人は危険だなーと思う
最近は喋る(伝える)ためのツールが
ブログだったりTwitterだったりと有り
ネット時代だから余計に恐いと。
思うお喋りの範疇は何か。
多分二つ、
①言ってはいけないと思う事や言わないでと言われた事を話す。
②結果論
①は良くあるお喋り
で根本的に自分本意。相手に頼まれても、実はね、とか色々な切り口で話す。問題外
②は話した結果
話された側が
「何で言うんだよ」
「言ってるようなものだ」
と
怒る
嫌う
事をしてしまってる
や
王様の耳はロバの耳の話の床屋のように勝手にバレてしまう。
今でいうなら
ブログなどに載せてる内容が勝手に広まるみたいな感じだろ
最近流行りの成りすましブログみたいなもんもあるし
自分が知らない所で勝手にそのまま引用されブログとなってるイタズラこれも怖い
二つのパターンどちらも
相手に対する配慮が足りないんだと思う
ソーシャルネットワークだろうが
自分だと解らないアカウントだろうが
理屈は関係ない
自分の口から出たら
それがお喋りの行為なのだから
結局の所
結局は他人に話してるようなもん。
そういう人って
他人の評価が両極端すぎる気もする
かなり嫌われてダメって評価と助かってるとかって良い評価
でも助かった人も、いつの間にか嫌いになってる(笑)
原因はお喋りされて
助かってる人はいるが嫌いにシフトして行く理由がお喋り
十人十色はわかるし皆に好かれるのも有り得ないだろうが。
社会的な立場も一般的な人がここまで別れる評価ってやっぱ何かあるんだろうなと考えました。
助かってるとか感謝されてるから基本は信用されるんだろう
これって基本は信用されるタイプなんだと分析。
だから助かるとか良い評価になる。
でも信用した結果
色々と自分を話したり見せたりする
信用して色々話すから喋られると余計に嫌われる反動が強いんだと思う
お喋りされて嫌われる
こんな構図なのかなと
Aさんの信用を勝ち取るためにBさんの事を話す
Cさんの信用を勝ち取るためにAさんの事を話す
という負の連鎖を進めている人
嘘は言いたくないと自分を正当化してるが
けっこうな嘘つき
こういう事を考えると確かに
いっときは信用を得て、いるが結果最終的には独りぼっちで哀しいのかもしれない。
息子には気をつけて育てないとなみたいなのが一つ明確になる
王さまの耳はロバの耳
お喋りな人は基本、人間関係を構成するのが下手で結果信用されない気がする。から童話を思い出した。
この話は寛容な心を持てって話らしいけど
死刑されそうになった床屋は反省したんだろが
床屋の行動にスコープを当てないけど
そもそも何で喋るんだろうか。
お喋りは人の本質なのか。
お喋りってのも口数が多いとかって意味では無く。
自分本意や自分の基準だけで他人の事を話して行く人のこと
秘密や機密事項を話すなんて問題外ですが
童話では言う(笑)
相手の思い、欲を言えば立場環境を考えず
勝手に話してしまう人
自分なりに良いように解釈して他人へ話して行ってしまう人
解釈も
意図的だったり無意識だったりケースは色々あるだろうが、
そういうの関係なく
こういう人は危険だなーと思う
最近は喋る(伝える)ためのツールが
ブログだったりTwitterだったりと有り
ネット時代だから余計に恐いと。
思うお喋りの範疇は何か。
多分二つ、
①言ってはいけないと思う事や言わないでと言われた事を話す。
②結果論
①は良くあるお喋り
で根本的に自分本意。相手に頼まれても、実はね、とか色々な切り口で話す。問題外
②は話した結果
話された側が
「何で言うんだよ」
「言ってるようなものだ」
と
怒る
嫌う
事をしてしまってる
や
王様の耳はロバの耳の話の床屋のように勝手にバレてしまう。
今でいうなら
ブログなどに載せてる内容が勝手に広まるみたいな感じだろ
最近流行りの成りすましブログみたいなもんもあるし
自分が知らない所で勝手にそのまま引用されブログとなってるイタズラこれも怖い
二つのパターンどちらも
相手に対する配慮が足りないんだと思う
ソーシャルネットワークだろうが
自分だと解らないアカウントだろうが
理屈は関係ない
自分の口から出たら
それがお喋りの行為なのだから
結局の所
結局は他人に話してるようなもん。
そういう人って
他人の評価が両極端すぎる気もする
かなり嫌われてダメって評価と助かってるとかって良い評価
でも助かった人も、いつの間にか嫌いになってる(笑)
原因はお喋りされて
助かってる人はいるが嫌いにシフトして行く理由がお喋り
十人十色はわかるし皆に好かれるのも有り得ないだろうが。
社会的な立場も一般的な人がここまで別れる評価ってやっぱ何かあるんだろうなと考えました。
助かってるとか感謝されてるから基本は信用されるんだろう
これって基本は信用されるタイプなんだと分析。
だから助かるとか良い評価になる。
でも信用した結果
色々と自分を話したり見せたりする
信用して色々話すから喋られると余計に嫌われる反動が強いんだと思う
お喋りされて嫌われる
こんな構図なのかなと
Aさんの信用を勝ち取るためにBさんの事を話す
Cさんの信用を勝ち取るためにAさんの事を話す
という負の連鎖を進めている人
嘘は言いたくないと自分を正当化してるが
けっこうな嘘つき
こういう事を考えると確かに
いっときは信用を得て、いるが結果最終的には独りぼっちで哀しいのかもしれない。
息子には気をつけて育てないとなみたいなのが一つ明確になる
