4年前の8月20日に生まれました・・・・・
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4年前に我々夫婦は親になった
子供には色々と勉強させてもらってる
周りもきっと知らずに勉強させてもらってるに違いない
たとえば
今ならギコチナクないはず(笑)そして、
育むという事を始めて体験し考え
まだまだだと思う今
4年の振り返りふと思う。
育てるってなんだ?
今はまだ暮らしているだけのような気がする。
子供を育てる
スポーツ万能?勉強ができる?踊りがうまい?
何々が優れているように習い事をさせる?
育てるってなんだ?
一緒に暮らす事は簡単な事だ
きっと暮らして行けば喜怒哀楽を共にし
きっと体も大きく成長するだろうし
それが育てるか?
我々大人は子供を育てる義務と責任がある。
育てるってなんだ?
わたしは司馬遼太郎先生の作品が好きだ
なので感化されやすく (笑)影響されやすいので。
数ある中ではあるが
育てていく上での一つの模範にはしたいと思っている
言葉がある
前にもここで書いたが教科書のために書き下ろした
「二十一世紀に生きる君たちへ」に書かれてる
http://www.kantei.go.jp/jp/kidsold/hanashi/r_s_txt.html
三つの言葉
「いたわり」
「他人の痛みを感じること」
「やさしさ」
原文を少し抜粋しよう
私がもっていなくて、
君たちだけが持っている
大きなものがある。
未来というものである。
私の人生はすでに持ち時間が少ない。
例えば、二十一世紀というものを見ることができないに違いない
だから、君たちと話ができるのも今のうちだということである。
君たちはいつの時代でもそうであったように自己を確立せねばならない。
―自分にはきびしく、相手にはやさしく
という自己を。
そして、すなおでかしこい自己を。
二十一世紀においてはとくにそのことが重要である。
自然物としての人間は、
決して孤立して生きられるようには
つくられていないのである。
このため、助け合う、ということが、
人間にとって、
大きな道徳になっている。
助け合うという気持ちや
行動のもとのもとは、
いたわりという感情である。
他人の痛みを感じること
といってもいい。
やさしさと言いかえてもいい。
(やさしさは)本能ではない。
だから私たちは訓練をして
それを身につけねばならないのである。
その訓練とは簡単なことである。
例えば、友達がころぶ。
あぁ痛かったろうな、と感じる気持ちを、
そのつど自分の中で
つくりあげていきさいすればよい。
自分に厳しく、相手にはやさしく。
いたわり。
それらを訓練する。
訓練することで自己が確立されてゆくのである。
以上のことは、いつの時代になっても
人間が生きていくうえで、
欠かすことができない
心がまえというものである。
読んでわかるように、やさしさは本能では無く訓練しなければならない。
まさしくそうだろうと思った。
またの機会にこの作品について書きたいが、
リュウノスケはまだまだ親が訓練をさせなければならない
そして親も共に訓練をしなければならないと思う。
訓練の中の一つに、この三つの言葉を考えながら
リュウノスケを育てたいと思った。
4歳になったリュウノスケ







