高田龍の《夢の途中》 -46ページ目

高田龍の《夢の途中》

気がついたら、72歳に成ってました。
今までずいぶんたくさんのことを書いて来ました。
あと何年生きられるのか判りませんが、書き続ける事が生存確認でも有りますし生存証明でもあります。
宜しくお願い致します。



 




 
     序〜伍

 秋津由理恵の先祖に凶々しい過去があると知ったがこの話には未だ続きがあった。

話の続きは藤村屋の話題ではなく、悪辣な浪人を斬り殺した飯嶋兵太郎の後日談である。

あの日、黒川孝蔵を斬殺したあと藤村屋に戻った兵太郎は、自分が黒川を斬殺するに至った経緯を事細かに書面に記し、自身が何藩の家臣で役名が何で、何処に居住して居るのかなどを書き最後に署名した。
藤村屋の主人に、書面を渡し奉行所へ届けてくれるように頼み、自分の責任で平太郎や主家にまで迷惑をかけている事を悔いている藤太には、まったく気にする事はない、江戸の市中でも素行不良を知られ被害を訴えている者も数多くいる黒川を斬殺したのは天誅と言ってもいい行為だと励まし
兵太郎は家路についた。

自分の父親、飯嶋平左衛門に外出中に起こしたことの一部始終を伝えて、平左衛門からは予期せぬことに褒められたという。

こうして平太郎の刃傷沙汰は、江戸の庶民の中で忘れ去られていった。

二年後〜。

飯嶋兵太郎は、縁あって嫁を迎える。
飯嶋平左衛門と交流のあった旗本の娘で高輪に屋敷を構える旗本の家の娘だった

十八歳になったばかりの美しい娘で、名を《琴音・ことね》といった。
美しいだけでなく気立てのよい娘だった。
兵太郎は琴音をたいそう気に入って、二人は傍目にも羨ましがられる夫婦となった。
半年も経った頃、琴音は身籠り、翌年の春に女の赤ん坊を産んだ。
目鼻立ちの整った美しい女性に育つことは間違いないと誰もが思ったものだ。

その赤ん坊は、名を露(つゆ)と名付けられた。

飯嶋兵太郎は美しい妻に恵まれ、目に入れても痛くない娘も生まれて幸せの絶頂と言える人生を歩んでいた
彼は、神仏と先祖に感謝の祈りを捧げるのだった。

兵太郎の幸せは続いていったが、好事魔多しの例えにある通り彼の人生も例外では無かった。

兵太郎が最も大切なと言える愛妻の琴音が突然、原因のよく判らない病に倒れてしまった。
家族の幸せを願うこと以上に、なんの欲望も持たない平太郎には肺腑を抉られるような思いがした。

兵太郎は自分との繋がりのあらゆる方面に手を回し、著名な蘭方医や漢方医を招き琴音の診療を頼み、あちこちの寺や神社などの噂を聴けば、そこまで出向き御守りや神札を受けて来るという事を続けたけれど琴音の容態は一向に改善することはなかった。
美しかった琴音の容姿もやつれ、顔も老婆の如くなってしまい、肢体も痩せ細り骨に皮がへばり着いているようだった。
そして平太郎がもっとも恐れていた悲しみの時がやって来た。
琴音が遂に死んだのだ。

飯嶋兵太郎から笑顔が消えた、部屋に籠り家中の人間に気付かれない様に、泣いた。
泣いて、泣いて、泣き疲れて、やがて浅い眠りについた。

抜け殻のようになっていた兵太郎のことを気に病んでいた父親平左衛門が失意のうちに亡くなったのは兵太郎が家に籠ってから三月目のことだった。
父平左衛門の死が、平太郎の心に変化を起こさせたのか、彼は勤めに復帰し、家の主人としての自覚も取り戻した。

一年が過ぎた。

飯嶋兵太郎は、愛しい人間との別離、尊敬してやまない父親との別離、これらを経験してそれまでとは比べものにならない程、侍として成長していた。
人間として大きくなった平太郎には新しい暮らし向を固めるためにも嫁をもらうことを奨める話があちこちから上がって来るようになっていた。

飯嶋兵太郎の周囲は賑やかになって来ていたが、本人はまったく興味を示さず再婚の気持ちはまったく無いようだった。
そんな頃、飯嶋の家に三十代の男が奉公人として雇って欲しいとやって来た。
同じ日に佐賀鍋島藩江戸屋敷にいたという国(くに)という女もやって来た。

この男と女が飯嶋の家の今後を大きく変化させる事になるだが、それはまた次回

         続く。