私の父は
昭和14年
西暦1939年生まれで
5月で84歳
青森県の平野で生まれ育った
父親は 軍人
母親は お米とりんご![]()
自分達が食べる分の野菜を作る農家
晩年になって本人の了承得て
障がい者手帳を頂くくらい
生まれつき耳が聞こえません
兄弟は
父が長男で
4年あとに女子
その2年後に男子
その10年後に男子
三男一女の4人兄弟です
この兄弟は
長男は父親がしなくてはいけない
家の仕事を手伝いなので
中学もろくに行っていません
長女は一番下の弟を背負い
学校に行き
二男はおなかを空かせて
人の畑の物を頂いていたそうです
本人自白しております ![]()
父親は終戦後から
酒を浴びるように飲み
金目の物は何も残らない
天皇陛下から賜った盃と
借金は残ったのかな
すべて酒に注ぎ込んでしまいました
父が16歳の時
父親は亡くなった
同時に少し離れた大きく裕福な家に
奉公に行きました
この頃の話は
今でもしません
奉公を辞めたのか
どうしたのか?わからないけど
その後
東京に出て来ることになるが
二男はすでに集団就職で上京しています
同じ頃
私の母も集団就職で上京しています
上京して
色々な仕事をしたようですが
酔っぱらうとよく
焼き芋屋さんをしていたことを
笑い話として話します
運送の仕事にたどり着き
母の長兄と会社を立ち上げました
父と母は同郷で
お互いの兄弟が同級生だったりする
そして
父方の祖父はよく
母の実家に来ていたようです
私が生まれる前の話です
父の半生を振り変えると
書きながら
なぜか涙が出てきます
実はこれを書こうと思ったキッカケは
最近初めて
『 このくそジジイ
』と
心の底から思った出来事が
あったのです
今まで
生い立ちや生き様を
本人や母方の祖母などから
聞いていて
尊敬してきたのですが
今になって反抗期です
今日はここまでにしておきます
最後まで読んで頂き
ありがとうございます ![]()
庭の向こうの方が高いので
たくさんの草の種が流れてきて
草だらけの中
