寧辺核施設
北朝鮮
北朝鮮最初の原子炉が稼働している核施設である。
2006年以降に北朝鮮が行った核実験で用いられた核物質を生産した。
約2000人のスタッフが働いている
核燃料を製造する工場から、原子炉、使用済み核燃料の再処理工場まで、核燃料サイクルに必要とされる主要な施設すべてが所在している。
マカオ
中国
旧ポルトガル植民地
現在はカジノや世界遺産を中心とした世界的観光地としても知られる。
1999年までポルトガルの植民地であったマカオは、中国大陸のヨーロッパ諸国の植民地の中ではもっとも古く、域内に植民地時代の遺構が数多く点在する
東洋のラスベガス
ホテルや観光業が盛ん
媽閣廟は、1448年に媽祖を奉るために建設されたもので、現存し、海運、漁業の神として崇拝されている。
貿易の町として栄えてきた。
1513年に、当時世界有数の海洋大国として世界各地にその覇権を誇っていたポルトガル人が中国に初渡来し、明王朝との交易を開始した。
その後、1557年にポルトガルが明から居留権を得、中国大陸における唯一のヨーロッパ人居留地となった。但し、この時期のマカオの領有権はポルトガルではなく明にあり、明がマカオに税関を設置するなど主権を有していた
フランシスコ・ザビエル 日本でもおなじみ
天然の良港に恵まれアジアにおける要衝として発展した香港とは対照的に、マカオの貿易港としての機能は低下し、その地位は全く凋落してしまった。マカオは珠江の土砂が堆積しやすい位置にあり、大型の船舶が入港しにくくなっていたこと、当時ポルトガルの国力は凋落していたことも衰退の原因に挙げられよう。
第二次世界大戦のとき、ポルトガルは中立国となったため、大量の難民が押し寄せた
マカオ暴動
返還
ポルトガル語が公用語
マカオは高度に構造物が密集した都市であり、耕地、放牧地はなく、実質的に農業はほとんど行われていない。このために、マカオの人々は伝統的に海に目を向けて生計を立ててきた。
温帯夏雨気候
大陸法系ポルトガル法に基いた司法制度が運用されてきたが、中国返還後も継続している。
世界銀行の統計によると、2015年のマカオのGDPは461億ドル(約5兆円)である。一人あたりのGDPは世界屈指[13]であり(2013年はカタールを超えて世界一でもあった[14])、また税収も非常に潤沢であるため、マカオ市民には一人あたり毎年約10万円相当の現金給付が行われ、また教育、医療費は無料であり、平均寿命は世界でも最も高い部類に入る
マカオの経済はギャンブルを含む観光産業と織物や衣類、花火の生産に大きく依存しているが、多角化に努めた結果、小規模ながら玩具や造花、電子機器の製造も始まった。
織物や衣類は輸出金額のおよそ4分の3を占めているが、実際はGDPの40%程度、政府歳入の70%程度はギャンブルに依拠すると推測されている。なお、2005年度のGDPは116億アメリカドルに上る。
ラスベガスを超え世界最大のカジノ都市
古くからドッグレースが盛んであったが、人気を失い2018年7月に廃止された。競馬も行われているが、他のギャンブルの陰に隠れてあまり人気が無い。
人口52万人
かつてポルトガルの植民地があったインドやマレーシア、アフリカ、ブラジルの料理の要素や、交易のあった日本料理の影響をも取り入れて融合した、マカオ料理が生まれている。
住民には、3年間の幼児教育、6年間の初等教育、6年間の中等教育、合計15年間の無償教育の機会が提供されている。
ルソン島
フィリピン最大の島
世界で4番目に人口の多い島
マニラ
フィリピンでもっとも人口の多いケソンがある。
ルソン島は全体に山がちで、火山地帯でもある
プラグ山 マヨン山がある
マニラ湾はその大きさ、戦略的位置から東アジアでも最高の天然の良港となっている。
ルソン島は農業・林業・工業・サービス業などにおける、フィリピンの主要な産業地域である。
この島での米の生産高は国全体の60%を占め、とりわけ中央平野やカガヤン平野がその中心である。南部ルソンやビコル半島はココヤシの栽培が盛んで、世界で最大規模のプランテーションがみられ、生産されるコプラはフィリピンの重要な輸出品である。
首都圏メトロ・マニラはフィリピンの主要な企業のほとんどが集積し、サービス業や製造業の中心地となっている。
ルソンは中国と東南アジア、インド、アラブとの中継貿易で栄えた。
戦国時代の商人・納屋助左衛門(呂宋助左衛門)はここで貿易商を営むことで巨万の富を得た
メキシコと中国を中継するガレオン貿易の拠点となった。
1941年末から1945年までの太平洋戦争でルソン島は日本軍の侵略と占領を受けた
スペインの植民地時代もあった
1945年、アメリカ軍により奪回されたが(ルソン島の戦い)、戦争で都市などのインフラは徹底的に破壊された。
1946年、フィリピンは独立した。
フィリピンは1960年代まではアジアにおいて日本に次ぐ第2位の経済規模を誇ったが、やがてフェルディナンド・マルコス政権後期に縁故主義がはびこると経済が停滞し、韓国や台湾などに大きく水を開けられるようになった。
主な言語はマレー・ポリネシア語群に属している
高い教育を受けた人々はビジネスシーンで英語を話す
広東省
中国
南シナ海に面している
香港 マカオ がある
温帯夏雨気候
広東語が広く話されている
古代の百越の地
1979年の改革開放で広東省の深圳などは経済特区第一号となり、香港と近接する広東省は外資の導入で経済的に大飛躍を遂げた。
深圳がある
深圳、珠海の経済特区を有する広東省は省内国民総生産、外資導入額、輸出額、地方税収額で全国各省市区の首位に立ち経済的に非常に富裕な省となった。
孫文の出身地