自己免疫性溶血性貧血

ご存知ですか?
私は20歳のときに発症しました。
幼稚園実習のとき
職員室で目の前が真っ白になり
ぶっ倒れました😞

1日休みをもらいましたが
立つ、歩くだけで息切れや動悸や頭痛に
襲われてしまい立ってるのがやっと
普通の生活がしんどい毎日でした。

いろいろな病院を回りましたが
原因は分からず、、、
当時は実家で暮らしていましたが
実家の2階までに行く十数段の階段すら
息切れ動悸頭痛でしんどくて辛い、、、
1度あがると降りるまでは
少し休憩を挟まないと降りられない
降りるときにも頭に響く。

ある病院で血液検査結果を聞きに行くと
脊髄にしないものが血液中に流れているとのこと

骨髄穿刺をし検査

検査結果が出るまではとても辛かったし
生きている心地がしませんでしたね😢

白血病かもしれない
死ぬかもしれない
なんで私がなん?

そんなことばかり考えていました
でも辛いのは私だけではなかったと
親になった今ならわかります。

私は平気なふりをしないとと
必死でした😢
きっとママはわかっていたと思いますが

ある日出掛けているときに
ママが一言。

「ほんまはしんどいやろ?
でも大丈夫やわ」

っと我慢していたので
涙がホロッとでてきました

やはりいくつになっても
母の言葉というものは、偉大ですね。

検査結果がでて告げられたのが

自己免疫性溶血性貧血

日本でも症例がそんなに多くないみたいで
難病指定はされているが
特定疾患ではない疾患。


簡単に説明すると
自己免疫が間違って自分の血液を攻撃し
血液が足らなくなり貧血を起こす
そのような疾患です。

入院が決まり投薬治療の会社
プレドニンいわゆるステロイド治療

副作用がホントにすごい。
代表的なのがムーンフェイス

お月様みたいに顔が丸くなり
鎖骨部分などにもできものがたくさん。
これが辛かったですね。

生活はできるようになったが
あまり外には行きたくない。
そんな感じでした


入院中も病院食がまずい!とわがままを
いいまくり毎日ご飯を持ってきてくれました❤️

これこそ母の愛情✨✨


1度勝手に薬を辞めてしまいぶり返し
入院が嫌でしっかりと服薬。


その後服薬量は減っていきましたが
服薬は続いていました。


母親との衝突もありましたが
今になっては私自身のために全て
言ってくれていたことだと

そんなときに息子を授かりました❤️

ですがそのときに私は服薬を勝手にストップ
息子になにか影響がでても困る。

私はどうなってもよかったです
お腹のなかに宿っている小さな命
それを守りたくて必死でした。

どんどん大きくなり胎動も感じ
とても愛しい存在に😢💕

辛いことはいっぱいありました。
ほんとにもうダメだと思ったことも
いっぱいありました

その度息子がお腹を蹴るんです。
一人じゃないと言わんばかりに。

それに助けられてきました
服薬もストップしていましたが
大きな変化もなく
血液検査にひっかかることもない。

そのまま無事に出産😢❤️

息子が産まれたときも首にへその緒が
巻いているというのは知っていましたが
出産後先生が


✨奇跡の出産✨

だとおっしゃりました。
へその緒の巻きかたが一歩間違えば
首がしまってしまう巻き方だったそうで
この巻き方で無事に出産できたことを
奇跡だとおっしゃりました。

なかなか産声をあげず
泣いてないからお母さんまだ安心したら
あかんよ!と言われていましたが。

産後検査にいくとなにも問題なく
私の疾患は完治。

私にとっては息子がすべての奇跡を
もたらしてくれています😢💕

本当に宝物です✨

息子には感謝。
この世に生を受けてくれたこと
私のところにきてくれたこと
全てに感謝です✨


奇跡の新月ベビー❤️


これからも息子と手をとり一緒に
歩んで行きたいと思います✨

信じること、前向きでいること
それが大事だと思っています。

今しんどい方も、たくさんおられるとおもいます
このブログでのメッセージが
届けば良いなと思いながら
毎日更新していきますので

今後ともよろしくお願いいたします🎵


ながながと個人的な内容をお読み
いただいてありがとうございます✨