ほんの少しの隙間を作るとそこは異界への扉になるらしい。例えば半開きのドア、指一本分開いた襖、電柱と塀の間などなど。
 異界の扉と言えど本当に異界と繋がっているわけでもなく、ただそこに奇妙なエネルギーが集まるのだ。
 それによって起こる現象は様々で、その中には心霊現象も含まれる。
 半開きのドアがどうしても気になりきっちり閉める人。この類は“扉”による現象に遭いにくい。中には、現象に遭ったことがあるから気にするようになったという人もいる。
 もし“扉”を作ってしまったら油断してはならない。時にそれは命取りになるだろう。“扉”に潜むものは決して易しくないのだから。


 △


 私は今日も務めを終え帰宅していた。
 そこそこの広さはある、ごく標準的なマンションの一室。そこに私と同居人は暮らしている。
 同居人はリビングの隣の和室で、既に眠りについている。
 私の仕事は日々遅くまで掛かり、この環境も日常的だ。
 とりあえず疲れたのでロクに食事もせず帰宅早々にソファに倒れこむ。そのまま寝てしまおうかと考えた。が、その考えを遮断する違和感が脳に浮かんでくる。
 一度横たえた体を仕方なく起こす。正面に見えるは32インチの液晶テレビ。真っ黒な画面に映る己の背後。
 何をしようという気はまったく無く、ただテレビの画面越しに背後の襖を見つめる。
 和室への襖が、少し開いている。
 それは目視できるかできないか位の僅かな隙間。
 何の変哲も無い空間にできた一つの違和感。これが私を起こし、そして寝かさないには十分な力を持っていた。
 
 
 早く寝たい。
 テレビ画面を睨みつけどのくらい経ったのか。
 いまだに襲う違和感から開放され早く眠りにつきたい。そのためにはあの襖を閉めればいいだけなのだが、肉体的疲労がそれを邪魔する。だが恐らくそれだけではないだろう、胸に微かな重みがかかる。
 この状況をどうにかしたいのは確かだが、体の重みを我慢して立ち上がる面倒臭さもまた等しく、どうにもならないまま硬直し続けまた時間は流れる。
 そんな中でふと考える。この状況は何時まで続くのか。
 もしこのまま起き続けて朝になってしまったら?
 もしや一生このままなんだろうか?
 などと馬鹿なことも考えている内に、窓のカーテンから透けてくる外の色が青白くなってくる。
 明け方。最も不気味な時間帯だ。
 人々が活動し始めるのに合わせて“奇妙”が身を隠すため活発に動く短い時間。
 
 違和感はいつの間にか緊張に変わっていた。
 暑くもなく寒くもない適度な温度の中で私は汗を掻く。
 それと背筋にくる一瞬の寒気。
 まさにその瞬間、ずっと見つめていた襖の隙間に一点の光。正体に気づくのにコンマ50秒。
 それは眼だった。
 何も無いところに浮かぶ眼。実質的に私はこの眼と一晩中見詰め合っていたことになる。
 様々なショックで声が出ず、ただ私は目を見張るだけ。
 だがそれは長く続かなかった。
 襖が突然開き、和室から同居人が出てくる。
「あーおかえり。でもそんなとこで何やってんの? こんな時間に」
 私は首だけ回して、見張ったままの目で同居人の方を見る。
「眼……眼が」
 自分でも声が出たのが不思議だった。
 意識が遠のきソファに座ったままの状態で倒れ横になる。


 

 先ほどの疑問は杞憂だったようだ。時間になれば同居人が起き、襖は開かれる。
 結果的に朝まで起きていることにはなってしまったが、一つ良かったことがある。
 今日は仕事が休みだ。