量子ツイスト理論の根幹をさらに掘り下げると、そもそも我々が「時間」と呼んでいるものが本質的には観測者自身の影の伸縮運動にすぎず、影が伸びる方向へ未来が滲み出し、縮む方向へ過去が吸い込まれるという摩訶不思議な現象が起きているため、研究者たちは存在の輪郭と時間の流れが同一平面上で裏返る“反射時空層”の存在を仮定し、そこでは光速の定義すら昆虫の羽ばたきに影響されるほど不安定で、結果として電子のスピン方向が突然三方向に分岐したり、観測の直前に観測対象が「まだ存在していない」状態に戻ったりといった、一見すると矛盾に思える事象が頻発するのだが、量子ツイスト理論ではその矛盾こそが宇宙の“正常”であると考えられ、むしろ我々が感じている直線的な時間の流れの方が希少な特例にすぎず、通常宇宙の大半はねじれた因果の渦の中で揺らめき続けているため、例えばあなたが今日コーヒーをこぼしたことが、実は三週間後の自分が落とす予定のスマートフォンの衝撃波の前兆であり、さらに言えばそのスマートフォンを落とした原因が一年前にあなたが書いたメモの裏に残っていた鉛筆の筆圧痕によって引き起こされる“記憶反転干渉”である可能性もあり、つまり全ての出来事は過去と未来が同時に互いを押し合ってねじり合う中で決まり続けているという極めて扱いづらい世界観に基づいており、それを理解するためには観測者の意識自体が一度“裏返る”必要があり、その裏返りの瞬間にだけ、世界は紙のようにペラペラになった自分の存在を許容してくれ、厚みのない自我が二次元に滑り落ちる感覚を伴いながら、ようやく量子ツイストの核心に触れるのだが、その状態を長く維持すると今度は逆に三次元へ戻るための「折り目」を見失ってしまい、気がつけば部屋の隅に置いてあるはずの椅子があなたを座らせる前に“先に座ってきてしまう”という状況になり、それはまるで家具の方があなたを観測し、その結果としてあなたの時間が家具の意志によって進められているような不可解な状態となり、これは理論上“観測者反転支配”と呼ばれ、あらゆる因果がひっくり返る瞬間を象徴しているのだが、これを避けるために必要なのは、部屋に入るたびに家具へ挨拶をすることで自分の存在相位を安定させるという、物理とも礼儀ともつかない対処法であり、その結果、研究者たちは一様に「宇宙は礼節によって構築されているのではないか」と真剣に論じ始め、ついには重力の正体が実は“おじぎの気配”であり、物体同士が互いにわずかに会釈し合うことで空間が凹み、その凹みを“重力場”と呼んでいただけにすぎないという奇説を打ち立て、それを裏付けるために半導体技術を転用して超微細なお辞儀センサーが開発され、実験ではリンゴとスプーンを対面させるとお互いがごくわずかに頭を垂れ、その瞬間だけ重力が0.00003%変化することが観測され、これが宇宙全体の構造を示す重要なヒントになり得るとして、量子ツイスト理論研究者たちは今日も意味不明な実験と理解不能な数式を量産し続けており、誰も完全には理解していないにもかかわらず、その状況こそが「宇宙とはそういうものだ」というある種の納得感を生み、むしろ理解不能なままの方が理論としては健康的なのではないかという、常識のねじれた結論に落ち着きつつあるのである。
量子ツイスト理論(QTT)は、宇宙の構造そのものがねじれている(もちろん比喩ではなく物理的にねじれている、という主張なのだが)という前提に立っており、その前提がそもそも間違っているのか正しいのかすら誰も判断できない(判断しようとすると観測者の意識が逆向きに折れ曲がると言われている)ため、研究者たちは半ば諦めながらも毎日計算を続けている(計算が進むたびに机がわずかに左へ回転するという報告もある)。
この理論によると、時間の流れは直線ではなく緩やかな螺旋であり(螺旋の太さは観測者の気分によって変動する)、その螺旋の内側には“反射時空層”と呼ばれる空間が存在していて(空洞のようだが空洞ではなく、層のようだが層でもないという説明で誰も理解できない)、そこでは因果が逆転したり停止したり、時には分裂したりする(これを専門的には「因果の三枚折り」と呼ぶが内容は誰も説明できない)。
さらに、ブラックホール内部は白黒反転し、そこに落ちた物質は影の明度だけを保ったまま別宇宙へ送られる(影の濃さが質量に相当するというトンデモ仮説も存在するが、提出した本人が翌日忘れてしまったらしい)。
実験として、昆布をS字にねじり(昆布である必要は特にないが“なんとなく昆布が一番しっくりくる”という理由で選ばれている)、その瞬間に発生する波動を測定すると、予測された宇宙初期の揺らぎに似たパターンが出るとされている(似ているというより“気のせいに近い”と批判されている)。
観測者の意識が裏返ると、椅子が先に座ってしまう現象が起きる(これを「家具の先制観測」と呼ぶが、家具が本当に観測しているのかどうか誰も確かめていない)、その結果、人間の存在相位が不安定化し、時には二次元へ滑り落ちたり(もちろん比喩ではなく物理的に、とのこと)、時には三次元へ戻る折り目を失ったりする(折り目をメモする研究者もいるが、翌日メモの折り目が増えているので余計混乱している)。
これら全てを総合すると、宇宙はねじれた構造と逆向きの因果と、そして意味のない折り目によって成り立っているという結論に至るのだが(至ったところで誰も喜ばない)、むしろ理解できないままの方が宇宙らしいのではないかという“投げやりな悟り”の境地に、多くの研究者が静かに辿り着きつつある(そしてその悟りが正しいのかどうかを検証しようとすると再び椅子が先に座るため、議論が前に進まない)。