先日清水さんが亡くなりましたね(ノ_-。)
私には他人事と思えないのです!
私も清水さんと同じ様に、両親の介護で毎日を明け暮れた日々を経験しています
2003年に東京からふるさとに帰りました・・・・6年も経ってしまいました
帰るきっかけは、母が転んで歩けなくなったからです
当時、私は会社を持ち仕事をしていました(土木の設計図書の電子化です)
ふるさとに帰るには、仕事や生活等の基盤をしっかりとしないと無理なのです!
当時は結婚寸前の彼もいました・・・・彼は今でも待っていてくれています (ありがたいです)
それを抑えて、帰ったのは、親に苦労を掛けたという思いと、亡くなった時に悔いが残るだろうなという思いだけでした
東京のクライアントからメール受注の約束で、田舎暮らしはスタートしました
1年半も過ぎた頃、両親が交替で転んだり体調が悪くなり・・・仕事をしている場合では無くなりました
結果、東京からの受注は寸断しました・・・・・東京には優秀な人達が沢山いるからです
それからは、両親の年金と私が働いて稼いだお金や貯金で食いつないでいきました
本当に清水さんのニュースは、衝撃的で私の心が悲しみで一杯でした(:_;)
清水さんは介護を自分の死で卒業しましたね(ノ_-。)
私は、両親の死で介護を卒業しました(ノ_-。)
両親との暮らしで学んだ事や経験した事は沢山有りました・・・・そして”宝”になりました
ただ、今でも清水さんや私と同じ思いや、両親と同じように日々の暮らしに困っている方が大勢いると思います
特に女性、独身で会社を辞めざる終えない人、仕事に支障をきたした人達に何かお手伝いが出来ないかと
第二の清水さんを出さない為に!
何かお役に立ちたいと派遣業務の他に、便利屋的な業務も拡張しました
一方、本業の事ですが、地方にCADのオペレーターを育てるスクールが私学ではありません
スタッフ派遣の依頼が受けられません・・・・・・スタッフになる人たちが居ないからです
どちらにしても、何か出来ないか?何が出来るのか?
結局何をやるにも、今までやってきたことでしか次のステップは踏めないのですよね
今派遣切りや、不況に追い込まれている人たちも、そのスキルはや経験はきっと活かされます
腐らずに、頑張りましょうね!o(^-^)o

