モンテッソーリ教師と
ピアノ教師


【学びを最大限に活かすために】
【良いものほど堕落すると劣悪になる】



昨日、京都での試験&実習
長かった5日間と


2年間の実習全てが終わりました🥹
(残すは2月の実技試験)


モンテッソーリの 
分厚い本の中の世界が
 

100年以上のときを超えて
目の前にあり、
 

子どもの変化と生活が
自然に流れていく中に居るという
貴重な時間を過ごすことができました。
 

お料理活動では、年中、年長が
包丁でサクサクと野菜を切り
 

作業後は、調理器具を洗って
手際よく布巾で拭く。。。
 

大きい子は、小さい子の
要求に沿った関わりをする。
 

自分のお仕事を無言で済ませ
静かな笑顔で終えて片付ける。
 

ここまで育つのには
教師の存在が大きく、
 

まさに
映画の世界そのものでした。
 



見学を終えて
改めての発見は…
 

◉ピアノレッスンと保育現場は
 違う空間だということ。
 

◉ピアノの先生としての振る舞いと
 モンテッソーリ教師としての振る舞いは

 同じである必要はない。というか…
 同じでは…ピアノレッスンできない。

 それを同時に行うということは
 子ども、教師本人にも混乱を起こす
 可能性がとても大きい。

 自分がどの立場で、何を育てたいのか
 常に明確に、見直していく必要がある。
 

◉切り取ったモンテッソーリ(習い事)と
 生活全てのそれ(こどもの家)は

 似て非なるものであり
 成長する部分もその範囲となる。

 本当の意味での「環境」「自己選択」とは
 何かを、しっかり理解する必要がある。
 

◉教具の使い方、子どもの成長は、
 教師の意識、内面によって大きく変わり
 「型」だけで、必要なことは伝わらない
 

これは、モンテッソーリ自身が
教師養成コース(施設を始める資格)
の必須課程として
 

・受講生個人用の手引き書の完成
・筆記試験
・口頭(実技)試験
・実習(こどもの家でじっくり観察)
・教師(優れた資質をもった人)からの影響
 

を設けていますが、
「優れた資質をもった人からの影響」を
最も大切な要素としています。
 

長い時間、実際の教師の姿を肌で感じ
学びとることができたのは
特別な経験だったと思います。
 

これらの感動と学びを
どう整理、実践していくのか…
私自身の今後の課題です。
 

【良いものほど堕落すると劣悪になる】
これはモンテッソーリが懸念していたことで
基本原理を十分理解しないうちに
モンテッソーリスクールを始めてしまう
ことに原因があるということ。
 

私はあくまでも
モンテッソーリ教育を知っている
ピアノの先生でいたいと願っています。
 

【モンテッソーリ教具を使わずに
その精神を最大限に扱いながら
ピアノレッスンをする】
 

ここにしかない
子どもが自分で伸びるためのレッスンを
更に極めていきたいと思います。