池田の手口と、女性信徒の信心利用して造った「奥の院」

 

 池田は、女子部大幹部たちや本部の女子職員に、身の回りの世話をやらせた。亭主持ちも独身も関係ない。相手はとにかく別格の会長先生。女性の側の気持ちは純粋である。不純なのは池田大作だけだ。
 最初は背広をかけさせる程度の用をいいつけ、狙らった相手の表情をうかがいながら肩を揉ませ、裸の胸をさすらせる。これが池田の女性攻略の手口である。
 

 若い頃からそうだったが、池田大作は他人から軽蔑されることを極度に恐れる。だから女性の場合も、目的を遂げられる相手かどうかを、用心深く見極める。その見極めのつかないうちは、実際行動には出ない。創価学会三代会長という立場を利用して、憤重に策謀をめぐらし、だんだん屈服させていく手を使うのだ。この手で、三十才前後から女性学会員を相手に醜い欲望を満足させてきたのが、池田大作という男である。

 

 話のついでに、池田大作が気に入った女性を意のままにした代表的なパターンを一つ紹介しておく。K子さんの例だ。

 独身時代の彼女を女子部の会合で見染めた池田は、ナンバーツーの北条浩さんに、「あれを本部に入れよ。第一庶務にする」と命令した。早速、北条さんは彼女に会い、会社を辞めて、学会本部に入るように勧誘した。しかし彼女は当時の勤務先でとても大事にされていたので、会社を辞めるとはいい出しにくかった。そこで北条さんはこれも池田の指示によりK子さんの父親に会い、「会館の管理人として、一生、いや孫子の代まで衣食住の面倒を見るから」と口説いたのである。そうした経済的条件に加えて、「池田先生は現代の仏様である。仏様にお仕えすれば最大の功徳がある。背けば罰をうけることになる」と暗に恫喝さえしたのである。世間の人から見れば、馬鹿げた話かもしれないが、池田を崇拝する信者には、これが一番効く。信者の真面目な気持ちにつけ込んでというか、人の弱み知り尽くした上で我意を通す池田の専横ぶりがよくわかる例である。

 結局、一家は創価学会の世話になることになり、親は会館の管理人に、娘は第一庶務に入って池田の身辺の世話をする身となった。やがて彼女は、これまた池田のメガネにかなった幹部の妻君におさまり、亭主は副会長までトントン拍子で出世する。

 

 このように、気に入った女性に目をつけると、家族ぐるみ創価学会職員としてかかえこみ、第一庶務や女子部幹部にとり立てる。そして多少あきてくると側近幹部に下げわたし、それでも気がむけば呼びつけて、身辺の世話をさせる。その夫は議員にしたり、幹部にして取り立てる、というのが池田のやり方なのである。

 

 世間の人たちには、単に池田個人の猟奇や好色話として映るかもしれないが、池田大作の女性関係は、欲望を充たすことであると同時に、人をして精神的に屈服させ、支配するための手段なのだ。その姿には宗教家たる心の高さ、人間的な優しさなどかけらもなく、この男の傲慢さだけが浮き上がる。

 

 その一方で女性会員の中には、池田崇拝が高じて、池田と握手をすればその手を洗わないとか、池田が死んだら自分の命もないんだと思い込んでいる人さえ実際にいるのである。婦人部幹部などでも、とくに、創価学会が絶頂期へ向かっていた昭和四十年前後は目茶苦茶だった。池田大作を宗教上の師匠として尊敬すると同時に魅力あふれる男という視線で凝視し心ときめかせるタイプが少なくなかったのである。

 

 彼女たちは池田の目にとまりたいと願い、池田との親しさを競いあい誇示する。「お手付きになりたい」との声まで出る始末だった。あげくに、その念願をはたした当人たちは池田会長との特別な関係をほのめかして他に威張り、周りは「いいですねぇ」と羨ましがった。いってみれぱ人気スターと熱狂的ファンの関係、世間流にいうとそうなる。

 そして、池田は女性会員たちの倒錯した心理を悪用し「奥の院」をつくりあげた。それが一連の下半身スキャンダルを生んだ背景だったわけである。

『池田大作の素顔』210頁