前回はフェルミパラドクス(人類はなぜうちゅうじんに遭遇できていない?)の答えが
「次元が違うから」という話題を取り上げ。今日はその続き。
以前ブログで書いてましたね。
修行の目的は次元を超えること。
だと。
何言ってんだこいつ。
まー待て。話せばわかる。
ヨガの最終目標は「人間卒業」だそうです。
つまり、解脱。
仏教は悟りを開くこと。
これは一体どういう状態なんでしょうか?
これこそ私の言う次元を超えることに他なりません。
解脱→つまり3次元(この世界)からの脱出。
悟り→3次元より上の高次元の認識
これは私の言葉です。輪廻転生から脱すること、と言われてもわからないので。
私の解釈にしてます。
ヨガがなぜ人間卒業という言葉を用いているか?
おそらく、肉体を捨てた状態になるからであろうと思います。
肉体があって、人間ですからね。(ゆえに3次元に閉じ込められている。)
でも。これみんなできるんですよ。
お利口な方はお気づきあそばれたかしら?
そう。「死」です。※死後の世界はあるという前提で話してます。あぶねーライン(゚∀゚)キタコレ!!
ここからは本当妄想に近いレベルで話すので、好きな方のみお付き合いください。
証明しろだの、質問に答えろなどは一切受け付けませんので。
誰も読んでないだろうけど。
死は肉体の終わり、つまり、異次元への旅立ちだと私は解釈してます。
これを生きてる間(肉体を持ってる間に)やろうとするのが「修行」ってこってす。
ん?いずれそうなるんなら生きてる間は好きなだけ遊んで逝けばいいじゃん?
なんでわざわざ辛い修行なんかすんの?真正のMなの?
ここが私の宇宙構造論に関わっていきます。(やっとかい!!)
お釈迦様が死ぬことを涅槃と言います。
弘法大師が死ぬことを入定と言います。
修行をした人間は死後に行く世界違うというのです。
どこへ行くのか・・・?
そこがまさに異次元なんです。
今日はここまで。
次回は最新物理学と精神科学論(古典からの言い伝え、一部宗教)
の交差した私が考える宇宙構造論の真核に迫ります。
まー誰も読んでないだろうけど。
