修行僧の恋 (修行僧4部作2/4)
 修行僧Y君、女神像さまに心を摑まれてしまったのですか。
 修行をしておりますと、このようなことがございます。

 因みに、思い起こせば、私自身、意図的ではなかったものの、計らずも完全なまでの禁欲生活。
 若い頃の話です。
 しかしそれにつけても、深酒でした。禁欲と相反するが如くの、皮肉なまでの。
 一時等は、徒弟数人で、お寺のお酒を一晩で飲み干すという狼藉を働く暴挙に!?
 小噺とか童話の小僧さんの饅頭みたいですよね。

 留守番を頼まれた小僧さん、和尚さんの目がない隙に、お目当ての饅頭を盗み出し食べます。
 無論それは禁じられています。しかし食べてしまい、後の祭りの小僧さんなのです。
 帰ってきた和尚さんと小僧さんとの攻防。狐と狸の化かし合い。虚構の世界です。

 でもお酒の話は本当。実話です。
 寒稽古である極寒の勧進後、修行僧2名で、常温の清酒を約90分で2升飲み干しました。
 寒さが原因の、当時の異常な精神状態からくるものですので、通常のことではありません。
 酒量が修行の苦しさのバロメータ!? これは不遜な発言ですが、事実です。
 さながら、高野山の古代の僧です。
 現代の僧は模倣はいけませぬぞ。

 ご住職さまの節目における祝宴の際の、一斗樽なる物、生まれて初めて拝見しました。
 樽って、木製で、木槌か金槌で割るもんなんやぁ。
 木槌なんかで一発で割れるように、演出で、事前にある程度破壊しておくという小細工を弄して・・・
 ああ大変なんや縁起を担ぐってぇのは・・・徒弟さんたちも、初めて見る一斗樽、慣れぬ工具に四苦八苦。
 1リットルは入りそうな大盃も、室内の桜も初めて拝見しました。
 酒色に溺れるって言葉がありますけど、あの頃「色」は1つもないもんですから、偏って酒に溺れていたのです。
 本来の修行からは逸脱しても、これが人生修行、これが一番ですね。

 あの頃まともな修行僧だったのは、今は多聞院さまを守っておられる正俊上人さまと、正空上人さまだったのかな。
 今は偉いさんになられた御仁が、修行僧時代に聞し召しておられたこと、涼空、みものでありました。
 正俊さまに至っては、もはやお酒ですらない。羊羹です。あな恐ろしや。
 私は、上方落語大ネタ古典の「饅頭こわい」ネタのパクリの「羊羹こわい」ネタを地で行く者なのです。
 ともかく、佳い時代でした。青春の一頁です。
 高野山のお話ではありません。在京時代の昔の話です。

 ハッ☆ 脱線してしまいました。Y君と女神像さまでした。
「ああッ女神様ッ」みたいやな。ごめんやで。
 とある時のことです。神職さまが、神具の引き下げを行いまして、大工さんの手作りの神棚等が下げられました。
 そして、世話人さまの手を以って、木っ端みじんにお釈迦にさせていただいたのです。
 大工さんのお家芸のようなゆかしいお厨子の中に、女神像さまはおわしました。

 神職さまの神事により、お像と神具の御魂は抜かれておりました。
 鋳造で、材は何かの金属です。
 しかしながら、女神像さまは、ほどよい熱燗のような、ちょうど人肌ぐらいの熱を持っておられる。 
 人が握りしめていたというのでもない。この方から発する自然の熱。
 ピンときました。発見時は現代ですから、お厨子に納められていたものの、古代には神職の狩衣の懐に入り、肌身離さずおられたのではないか・・・
 そうだとすると、温もりがあって然るべきの感が。
 これは抜けていないな、霊視がお得意なお上人さまが仰る。

 果断の人・いつもの世話人さまなら、速攻、土に埋めてしまうのに、この時に限りそのようなことを言わない。
 後になり「実は、持ち帰ろうと思っていた」と語る。
 拝殿付近では、このお像は誰なのか? という議論が交わされます。

「聖母マリアさま・天照大神さま・卑弥呼さま・妙見菩薩さま・伊邪那岐神さま」等諸説の推測が飛び交います。
 そして、Y君は天照大神さまと思いまして、その御名を書写しました。
 さらに、ご自宅のお部屋の御祭壇に置かせていただこうと、持ち帰る処でありました。
 こっそりではありません。きちんと言挙げをなさいました。若くとも僧。男子です。
 そこに待ったがかかりまして、件の神職さまとお上人さまが、厳に慎むようご教示。
 そして、Y君と女神像さまは、相思相愛に水を差されながら、泣く泣く別れ、惜別の思いを胸にY君は拝殿を後にしたのでした。
 夜の帳の中を駆けていく下駄の音が切のうございます。

 魂と精神性の全てを捧ぐ、宗教的崇敬対象があるということ、これは広義には、高次の愛です。
 愛とは、慈悲。
 愛とは、渇愛ではありません。
 修行僧の恋の行く末を、追って書かせていただく機会があるかもしれません。 

 修行僧よ、法の道も大事ですが、世事に疎いようではいけません。
 恋の道も、浮世であり娑婆であり俗界・人間界のことであります。
 そして、片や、大酒飲みもいけませぬぞ。