「ワクチン接種~」
80才以上の接種で、地元の体育館に
指定時間に参上~80才以上のお年寄り がまるで神仏の前にか しこまるような、姿で待っている。~30分間隔で50名前後が、手際よく注射されてゆく。愚老は孫娘のようなおジョーさんに
「ぱっと射たれて」入館から40分でお終い、次は2週間後~~。
「ワクチン接種~」
80才以上の接種で、地元の体育館に
指定時間に参上~80才以上のお年寄り がまるで神仏の前にか しこまるような、姿で待っている。~30分間隔で50名前後が、手際よく注射されてゆく。愚老は孫娘のようなおジョーさんに
「ぱっと射たれて」入館から40分でお終い、次は2週間後~~。
「叡山の禁じ手 筍腐汁!」
師匠の好物で私が中学生になると、毎年初夏には
手を取って、仕込まれた汁物です。
「ボン、これができればどんな寺でも大事にしてくれる」
本来は大きめの根來椀か、または小ドンブリに一杯
豪快にいれて「お替わり」と言われる汁もの。
茹でた筍を多めのごま油で炒めます、塩少々、
炒めかけたら、木綿豆腐を手で潰しながら加えます、
だし汁を(濃厚昆布つゆ)を希釈して加えて
煮立たせて味噌を加え、仕上げにワカメの上等を加えます。
昨夜、拙宅で、ひさびさに口上入りで実演~~。
完食でした。
「京都逍遙その③ 吉野太夫のこと」
吉野太夫(本名松田徳子)(1606~1643)は京都・島原の遊郭きっての
インテリ太夫だった。江戸時代、寛永の繁盛に本阿弥光悦などの
粋が文化となった時代、和歌から双六まで14の諸芸に秀でた太夫の評判は
ものすごくなじみの客に後陽成天皇の皇子近衛信伊や、豪商の灰屋
紹益と張り合って灰屋が落籍、10年を仲良く暮らしたが38歳で死去
紹益はあまりの衝撃に太夫の骨を食べておなかに納めてしまった。
洛北の鷹峯に日蓮宗の常照寺があって墓はあるが遺骨は
旦那のお腹に入った。で、境内に五輪の比翼塚がある(写真)。
唱玄院妙蓮日信女が吉野太夫の戒名、彼女は日蓮宗に帰依し
寺に赤門(吉野門)を寄付し、吉野窓という丸窓の茶室を寄進、現存する。
拝観を頼むと住職はピカピカの金時計をはめて
TVの地方局が制作の12分ヴィデオを流して一言もなく、
「はぃ、お帰り~」ときた。
ほどなく罰があたりますように~~。
南無妙法蓮華経 合掌三拝。