最初の記憶。
保育園の年長、つき組さんにいた。
私は下着を脱がされ、お友達みんなの前で押し入れに無理やり閉じ込められた。怖くて怖くて必死に出ようと騒いだが無理だった。
給食の時間には「食べるのが遅い」という理由で、机ごと外に出され食べ終わるまで教室の中には入れてもらえなかった。日常の出来事になりお友達は笑っていた。
ある日、町長が保育園にきた時、その状況を見て先生は即刻クビになったらしい。
町長の運転手をしていた父はその状況を自身の目で見てしまうことになった。まさか自分の娘がそんなことをされているとは知らなかっただろうに。
町長は父に謝っていたらしい。
「私の監督不行届だ」と。
それから十数年後、その先生に再会した。
父のお葬式で。
先生は実の叔母でした。
彼女は何事もなかったように私に話しかけてきた。話の内容は耳に入って来なかった。
聞けばよかったなと後悔。
聞けばよかったなと後悔。
「なんであんなことをしたのですか?保育園を卒園しても小学校、中学校といじめられ辛かったです」と。