皆さんこんばんは!
今日は私の過去と関連する出来事があったので、自分的に思ったことを話していきたいと思います。
(本当に読んで欲しい内容は赤文字に書いたのでそこまで飛ばして頂いても構いません)
当時本気で目指していたブルーインパルス
私は過去、現役で防衛大学校に進学し、1年経たないうちに辞めることとなりました。
その理由は以前説明したように、指導が厳しく集中砲火を受けた結果精神がやられたことからでした。
そんな嫌な思い出のある防衛大学校に開校祭を契機に3年ぶりに行くことになりました。
道中の駅は当時通っていた時の思い出を鮮明に思い出し、軽く鬱になりながら防大の門をくぐりました。
見慣れた時計台、
課業行進した道、
ひたすらしばかれた中隊フロアの廊下、
そして入ってから辞めるまでの間、部屋移動のなかった居室と寝室。
当時の居室からの景色
当時の懐かしさを感じる、苦しい出来事をフラッシュバックしながら開校祭をまわりました。
棒倒し見てる時も、
当時はこのポジションでこんなことしてたなぁ、とか。
この時めっちゃ燃えるよなぁ、とか。
防大時代に直属の先輩に奢ってもらったすき焼き
悪い思い出ばかりでは無いことも確かです。
終わりが近づいた頃、当時同じ*小隊だった同期が都合を合わせてくれて会ってくれました。
* 最も小規模のグループでなにか活動する際もこのグループで活動していた
3年ぶりの再開というのもあり、お互いハグする位の感動でした。
お互いの身の上話や当時と今の違い、上級生たちがどうなったかなど色々話をしました。
自分史上最後のサークル活動となった長野合宿の写真
話を聞いて思ったことをまとめたいと思います。
防衛大学校を辞めてずっと思っていたのは、辞めて正解だったのだろうかと。
確かに一般大に編入してから生活の質は上がったし、
やりたいことも出来たし、
楽しいことも沢山できるようになったけど、
防大にいた時はその時で毎日濃厚で充実した生活をすごしていた。
だから、どちらの選択が正しかったのか分からずじまいでした。
今回3年ぶりに母校に行って、当時の同期と話すことがあった,
当時との環境の変化やそれぞれ思うところがあったようだ,
当時過ごしていた居室も覗かせてもらって
防衛大の頃を思い出しながら過ごしていた。
当時は当時で理不尽にも耐えて、
限りある時間をいかに有効的に使うか模索する日々で、
上級生からトコトンしばかれる日々だったけど、
パワハラだの時代の流れで防衛大も変化していた。
もし防衛大に居続けていたらどうなっていたか。
何となく想像出来た。
きっと自分が受けた指導と後輩たちに出来る指導の内容が異なることで悩んでいただろうし、
逆に後輩たちとフレンドリーに接して、
当時自分が苦手だった上級生との関わり方で後輩たちを悩ませることはないだろうなと。
行事ごとには全力で勝ちに行くだろうし、
棒倒しは攻め側で殺意むき出しでオラつきながら特攻していくんだろうなと。
上級生になって時間が出来れば今みたいに本を読んでただろうし、
今は車だけどそれ以外のことに興味を示していただろうな。
色々と想像することが出来た。
なんならちょっと羨ましく感じるくらい。
きっとこの想像した内容はある意味悪くない人生路だっただろうし、
今とは違うifルートだけど、
それはそれで死ぬ前に納得のいくような過ごし方をしているだろうなって感じた。
つまり、きっと辞めなくても正解だったんだろうなと。
辞めた自分と辞めなかったifの自分がいて、
きっとどちらのルートも死ぬ時に後悔しないような生き方をしてるだろうし、
それぞれで充実した日々を過ごしてるんだろうなって思った。
人生最大級の岐路をいま振り返ってみるとそんな風に感じる。
スナイパーライフルを持って興奮する自分
今はあれから数日経ちましたが、
やはり振り返ってみても、結局どちらの選択を選んでも悔いのない道を歩もうと、
いや、悔いの無い道にしようと努力していたと思います。
この先の人生においても、
どんな困難な選択を迫られても、
その時自分が後悔しない選択をすると思いますし、
選択した先で自分が後悔しないようにアクションを起こしていく事が大事なのかなと思います。
今日のお話はこれまで!
少ししんみりしましたが、
共感できる点や感想などあれば、僕も興味があるのでコメントに書き込んでください!
それではまた!お会いしましょう!





























