Rhapsody to be a Bohemian -3ページ目

International conference

とりあえずカナダ、韓国の国際会議が確定した!

今はアメリカが査読中

そして、数日後にはオーストラリアへも!


全てうまくいくと、偉いことになるな


ポイントも桁違いのことになる


着々と道を歩んでいるわぁ

I can carry nothing to dream

英語でも日本語でも、

将来的な希望

と、

寝ている間に見る不思議な光景

をどちらも夢、dream と言うのって案外凄いかもしれない



そう
夢には何も持ち込めない



幸せは歩いてこない
だから歩いていくんだね
諸君たちが幸せを求める横で我々悪魔は
ほれ幸せ、ほれ幸せ
と、災いを投げつけるのだ

ほら、幸せは目の前にぶら下がっているよ

はやくゆけ
はやくゆけ
見失わないうちに


とある悪魔の詩

A way to the heaven

昨日は祖母の49日だった.

正直,仏教だとかの信心がないからその行事自体には興味はない.

しかし,今の僕にとっては遺言を再認識するいい機会になった.

「自分のやりたい仕事に就いて,お母さんを大切に」

この2つの願いを叶えるためには,これからの一年弱がまさに勝負どころだと思う.

もちろん,遺言を叶えるためだけにやるわけじゃないけど



例えば,お守りを貰ったとするじゃない?
その時,お守りが何かをしてくれるってわけじゃない.
そうやって「見たこともない神様に頼んでまで応援してくれる人の想い」ってやつが,自分自身が頑張る支えになり,最後の見直しだとか,面接時に人柄として出るだとか
そうゆうふうになっていくのだと思う.


そして,今日は祖父が病院から退院.

自分でもおかしくなったことは理解しているみたい.
そして,家に帰ってきて祖母の仏壇に「帰ってきた」と挨拶をしていたらしい.

非常に仲が良いとは言えない祖父母だったけれども,やっぱり長年一緒にいた人同士なのだなと思った.

祖父は,神風特攻隊の予科練に入っていて,僕が小さい頃にはよく戦争の時の話をしてくれた.
あと,1日か2日終戦が遅れていたら飛んでいたそうだ.
祖父の兄は戒名が「天翔院」と飛行機乗りの名前が付いているくらい.

当時は,飛行機乗りになれるってのはエリートで,その中でも甲乙丙の甲だったらしい.
きっと,僕は祖父の血を継いだのだろうなと思っている.

ボケてしまった祖父の手帳にはしっかりと,僕の学校名と名前の漢字が書いてある.
きっとボケ始めた自分の為に,忘れないように書いたのだろう,

僕は,ずっと夢をみているけど.
でも,それはいつの間にか自分だけの夢じゃなくなっているんだなと思う.


すぐ手に入る夢なんて夢じゃない
って言葉が歌の歌詞にあったけど,そろそろ「すぐ」は過ぎたかな.