昨年まで古着屋のとある会社で店長職、部長職をしていた。


パワハラ気質な社長と時代の狭間で長年揉めていた流れがコロナ禍で加速。


風が吹けば判断の変わる社長だったため、ある出来事をきっかけに会議で昇進が取り消される流れが決まり、その後初めてのパニック発作


体が何かおかしい、、と病院に行きうつ病と診断される

そのまま休職を薦められた


その日に休職届けを出し、会社の判断を待つ

丁度20日後、解雇との話を役員からもらう


10年近く勤めていて娘も二人、2時間ほど異議を立てるが結果は変わらず


その後、傷病手当という生きる道を見つけ、引越しと役所とあらゆる手続きの日々



家賃料の関係で住めなくなった家を引越すことで妻も退職



加速した病状と行き場のないストレスは家庭内の喧嘩に発展


子供と妻は実家に暮らすことになり、自分はその近くで一人暮らしで療養することに決まる



その間、退去費用の件で話の拗れた大成建設の会長から精算後に家賃を引かれ続けるといった災難が重なる


鬱のピークには役所や電車、人混みがとにかく苦手になった自分は

家計が回らない状態に自責の気持ちに襲われ毎日節制するがそれでも家計がマイナスになる

(後日理由がわかり驚愕)



育児と環境の変化がとにかく忙しくなった妻と金の件で揉めた後、その方向は負担を切り離す考えに至り9月に離婚



6月頃から元気になっていた自分はうつ病の経過が良くなっていたものだと感じたが、10月の娘のスポーツ祭りで感動した後、急に胸が苦しくなり一人になった後倒れる


理由も分からないまま救急車で運ばれたが、躁転していた躁のパニック発作とのこと


薬の処方がまた始まり今は水の中に毎日いるように気怠い



それでもメシを食って恋がしたいと思うのは生存本能だろうか


おし、今日もなにかやるぞ