夏休みは、シンガポールへ1週間ほど行っていました。
現地の人たちは皆んなとても優しくて、困っていてもすぐ助けてくれました。
どうしたの?大丈夫?と笑顔で話しかけてきてくれる。
日本にいると、なんとも言えない視線が飛んでくるだけで皆んな離れていく。
声をかけていいのか、遠慮した方がいいのか、日本人はいつもその迷いの中にいると思います。
バリアフリーは場所によって整っているところ、そうじゃないところ色々あったけど、ハード面が整ってなくてもソフト面が整っていれば、全部カバーできるんだろうなと思います。
シンガポールは多民族国家なので、普通に街を歩くだけで周りは皆んな人種が違うし、信仰している宗教も違います。
マイノリティなんて言葉も存在しないだろうと思いました。
日本が嫌いな訳じゃないけれど、日常過ごしていても働いていても、普通の範囲が狭すぎることをとても感じてしまう。
そこから少しでもはみ出すと、合わせられない方が悪いということになってしまう。
正当な評価は下されない。
私は、普通の人たちと働いて、生きづらいことばっかりでした。
皆んなと同じようにできないこと、ついていけないという辛さ、葛藤。
分かってもらいたいと思わない。
ただ、なぜこんなにも分かり合えないのか、私はずっとわからないままでした。
できないことを人に頼む。
やりづらいことを人に理解してもらう。
見た目では分からないことをどんな風に伝えたらいいか分からない。
簡単に言うと、健常者の世界についていけない。
私の感覚とは違う世界。

そういうものに翻弄されすぎて思い通りに生きていくことができない。
でももう悩みたくなかったです。
周りのどんな人より私は努力してきたからです。
今更報われるって思ってません。
だけど、周りにあわせて、自分の努力を無駄にすることはしたくなかったです。

入院の予定が決まってとても安心していました。
絶大な信頼を置いているPTOTの先生達に毎日みてもらえるなんて本当に、私にとってこれ以上なかったです。

これから先、車いすを使うようになっても私は今と同じように働いていきたい。
絶対仕事はやめない。
許されるか分からないけれど、無理矢理でも私は、そうやって生きていきたいです。