第14回「お尋ね者龍馬」その1
第2シーズン開始と言うことで、また20年後の明治時代、弥太郎と坂崎紫瀾の宴会場面から始まりました。しかし、坂崎紫瀾なんて人は忘れてしまった。わしゃそんな人知らん!と言う人の為に、もう一度復習すると、坂崎紫瀾は実在したジャーナリストで土佐の「土陽新聞」に坂本龍馬の伝記「汗血千里駒」の連載をした人です。これで広く龍馬のことが知れ渡るようになったわけです。その取材をしている設定ですね。しかし宴会場の華やかなこと。これすごいセットですね。それともどこかの旅館でしょうか?
(実はこの「汗血千里駒」フィクションというか事実誤認というか、マチガイが多くてまだ生きていた関係者には噴飯物だったようです。)
さらに場面は変わり、幕府では会議の中で意見がまとまらず、ケンケンガクガクとしてるなか、一人のサムライがすっくと立ち、
「ボクは死にマシャエエエーン」
じゃなくて海軍の創設を訴える
「お前は誰じゃ!?」
「軍艦操練所頭取、勝麟太郎にございます」
勝海舟の登場です。
(今回はこれだけ)ホッ、なんだか安心しました。
しかし会議に呼んでおきながらお前は誰とかアルツハイマーじゃないんだから、覚えておけよ!てな感じですね。まあ、ドラマだからここで名乗らないと、「金八先生」とか「洪庵先生」とか呼ばれるかも知れないので、初登場はつらい。しかし、龍馬と違い、勝先生のうちは本当の貧乏旗本だったので、身分は低い。これを松平春獄や大久保がひきあげてくれたわけですが。。。知らなくて当然か。。。。
(当時、すでに海軍伝習所でオランダ人から、航海術を学んだ勝先生は、咸臨丸でメリケンに渡っちょります。もちろん、実際の目で西洋を見てしっている知識人です。)
大阪でのある茶屋で溝淵広之丞と沢村惣之丞が、偶然仲良くなって飯を食べている。どうやらピエール瀧(溝淵広之丞)が奢っているようです。しかしよくよく聞いてみると、要潤(溝淵広之丞)は脱藩したとのこと、しかも龍馬も一緒に脱藩したと聞かされ、びっくりする。
一方、土佐で実質的に政権を牛耳った武市さん。反対に落ちぶれてしまった後藤象二郎。龍馬が犯人に違いないとして、弥太郎を大阪に犯人探索に行かせる。そこへ、ひょっこりと龍馬登場。
「わっはっはっは!やたろー。おまん元気にしちょったか」
おまんはこいつに毒殺されそうになったがじゃ!忘れたのか?と言いたくなりますが、呑気な龍馬は久しぶりの再会を喜んでいる様子。しかし弥太郎はお役目もあり、複雑な心境。そこへもう一人の郷廻りの役人が来て、チャンバラが始まります。しかし、龍馬、大刀を手元に持ってなかった。というか敵に大刀を足蹴にされる。乙女ネエヤンに貰った大事な刀を!怒った龍馬は小刀だけで、居並ぶ敵をバサッと斬る。敵の袴が途中でまっぷたつ。はしたないことに。。。
「やるかえ?」とすごんでみる龍馬。カックイー。
どうも脱藩したあとあちこち旅したあと、人間的にも成長した風貌が漂っています。やっぱりヒーローはこうでなくっちゃ。(つづく)
古地図で巡る龍馬の旅 感想
うーん、まあ土佐の高知城とその周辺に行った人、にとってはたいしたことない内容?だったかな。
しかし龍馬の生家は大きいですね、間口が約20メートル、奥行きが75メートル、中に茶室もあったというのは半端じゃない。お茶をやるというのは、今でもそうですが、道具にそうとうなお金がかかるそうです。だから裕福な家でないとできない。(風流を解しているというのも大事ですが)
ドラマの中の生家もかなり大きいと思いますが、実際はあんなもんじゃないですね。
番組内で「坂本家が才谷屋から財産分与されたお金を、今になおすと5億」と言ってました。
うーん(´・ω・`)
武市や以蔵は藩のお金で江戸に留学したわけですが、龍馬は私費留学ですからね。何度も江戸と土佐を行ったり来たりしてますが、1ヵ月も徒歩で旅するわけデスから、相当な旅費がかかったことは想像できます。しかもさらに江戸での滞在費を考えると。。。。
坂本家にとっては屁でもないようです。(笑)
次回は品川近辺をやるようです。
今日、はじめて気がついたこと
今日、はじめて気がついたこと
1.ペタという機能があること。
ぐるっぽとか、ランキングとかは把握していたのだが。。。
いろいろ機能があるのに使いこなせていない(´・ω・`)
ま
ぼちぼちいきますか。
2.龍馬伝のなかで溝渕広之丞(みぞぶち ひろのじょう)役の
ピエール瀧さんが、CMで織田信長を演じていたこと。
同一人物だとは知りませんでした。
「どっかで会った?」
信長と龍馬が、知り合いだったとは。
古地図で巡る龍馬の旅
■直伝 和の極意 <新> 古地図で巡る龍馬の旅 <全9回> 第1回
明治維新の立役者、坂本龍馬はなぜあのような偉業を達成できたのか、古地図をもとに辿る。第1回は生誕の地、高知を石原良純さんと新進気鋭の歴史家、磯田道史さんが歩く。
大河ドラマで話題の明治維新の立役者、坂本龍馬の足跡を古地図をもとにたどる。なぜあのような偉業を達成できたのか? 古地図で巡ることにより、明らかにしていく。第1回は生誕の地、高知を歩く。江戸時代に作られた高知の古地図を見ていくと、明治維新に向けて奔走した龍馬の原動力が発見できるという。新進気鋭の研究者、茨城大学准教授の磯田道史さんと俳優の石原良純さんの2人が旅をしながら、龍馬の新しい一面を発見する。
http://www.nhk.or.jp/shumi/wagoku/index.html
■久坂玄瑞のサルにも分かる幕末経済事情
■久坂玄瑞のサルにも分かる幕末経済事情
により、龍馬にも攘夷の意味が分かったようですが、久坂が龍馬とこんな話をしたかどうかは別として、幕末の日本はだいたいその通りです。たしかに大筒で攻めてくるわけではないけれど、植民地化の過程を進んでいるわけです。物価が上がれば庶民の生活は苦しくなる→当然、開国した幕府に責任論がわいてくる→外国が悪い→攘夷
簡単にいうとこんな図式です。
龍馬が長州に行ったのは土佐藩と長州藩のこみいった話をしにいったわけで、まさか「攘夷とは何ですろうか」と聞きにいったわけではない。
久坂の部屋に書道の稽古でもしたかのように
「一君万民」
「草莽崛起」
「飛耳長目」
など、スローガンが書かれていました。
すべて吉田松陰の思想を表しています。
ドラマでも久坂が「一君万民じゃ」と言ってますが、これは天皇の下では幕府も長州も同じであるという思想です。幕末という時代の中ではかなり進歩的・過激なものです。
(それにしても「攘夷」と書いた久坂の自筆が以上にヘタ)
それにしても経済講座がわかりやすかったのはいいんですが、どうもとってつけたような感じが否めません。しかしその言わんとすることはわかる。NHKもなるべくわかりやすくしているつもりでしょう。
それにしても松陰先生、お亡くなりになってたんですね。安政の大獄で。龍馬はそれも知らなかったようです。(笑)