さて東寺を出てから梅小路方向に歩きます。
帰って気付いたが、、足利尊氏が新田義貞に攻められて
攻撃を防いだ門の撮影を忘れました、、。
弓矢の傷とかが残ってるらしい、、。その時の由来から「不開門」と
呼ばれるようになりました。
尊氏は守ってくれた東寺に対して足利尊氏はその後、東寺に対して
多くの寄進をする事になります。
歴史の1ページだなー、、。
さて歩いて来たのは西本願寺です。

立派な建物ですねー。
拝観料は、、無料!!流石は親鸞聖人。

銀杏が綺麗でしたよー。

立派な建物です。


こちらに寄ったのは、この国宝「唐門」を見る為です。
補修工事を始めてるらしく、、左に足場が、、。

美しい、、。


暫くの間見とれてました、、。

綺麗に紅葉してます。

道路を挟んで向こう側にも門が有ります。総門と言うらしい。

西本願寺には新選組が間借りしていました。

隊士が200人を超えた新選組はこの西本願寺に駐屯します。
西本願寺は禁門の変で長州藩士が逃げ込んだとされています。
会津藩や幕府にしてみると警戒の意味も有ったのかな?
浄土真宗が江戸時代に2派に分かれたいきさつは割愛して
東本願寺も素晴らしい建物とか庭園が有るので時間が許せば
行きたかったけどな。
ちなみに、浄土真宗では御朱印には批判的で頂く事は出来ません。
さて再び歩いて丹波口方面に向かいますよー。

ほどなく歩くと島原大門に到着。

島原は江戸時代前半に出来た、幕府公認の花街ですね。

午後二時に門が開くので、八つ門と呼ばれていたそうです。


ちょっと撮影は気を使って、、。

有名な「角屋」まで来ましたよー。

長州藩志士の名前が出て来ました「久坂玄瑞」
禁門の変で自刃しますが、高杉晋作らが台頭するまでの
討幕派の中心人物です。

ここで、幕末の志士や新選組も「夜の戦い」の舞台だったのか?

残念ながら時間指定の拝観には間に合わず閉館、、。
10分遅れた、、。
見学は何名かのグループで1日に何回かになってる
みたいです。

新選組が酔って暴れた刀傷が残っている場所です。

(お借りしました)刀傷の跡

当初は栄えた島原ですけど、その後は祇園の方にも花街が
出来て、人気は取られて行ったみたいですねー。
さて丹波口の方にも行って、朱雀大路が通ってましたと紹介しようと
画像を探すんですが、、無いんです、、。「ゾクッ」、、。
今の梅小路公園~山陰線の丹波口駅~二条駅にかけてが
平安京の朱雀大路の跡地ですが80m幅の大路が有ったとは
今は痕跡も残ってません。

京都駅に戻る途中で、油小路に寄ります。
ここは新選組の近藤勇一派と、伊東甲子太郎一派が
壮絶な斬りあいをした場所。
定説では新選組が伊東甲子太郎に一献差し上げて
その帰り道で襲撃し暗殺。
その亡骸を油小路に放置して、回収に来た一派を
再び襲い多数を死傷させた場所です。
なんか、、ちょっと怨念の場所です。
今はビル街の中に埋もれてますよ。
さて夜間拝観に備えて、歩いて京都駅に戻ります。

京都駅前に着きました。
さて京都駅地下街で回転寿司食べまーすー!!
福岡の店舗に行きたかったけど、初めての「金沢まいもん寿司」へ。

確かにメニューは豊富ですねー。
しかしちょい高い、、富山白エビ軍艦が800円、、パス、、。
あら汁を頼みましたが、やはり金沢だからブリが多くて
若干臭みが有った、、ブリの好きな人は平気だろうけど
京寿司で鯛メインの赤だしに慣れてるので、そちらが好みかな。
、、でも一人で4000円も使ってしまった(笑)、これ京寿司の2人分だよ、、。
ついでに翌日の夕食も紹介、、。
八条口の焼肉「寿寿」(ジュージュー)で一人焼肉
寿寿セットにしました。
3000円位で大盛ライス・スープ・ビール1杯とお肉。
ちょっと網に乗せて崩したけどなかなかのボリュームだし
美味しかったです。ハラミを追加しました、、。
お安いから満員でした。
流石に京都駅の叙々苑には行けないなー、、。


寿司を食べてからリーガ・グランにチェックイン。
荷物を置いてから東寺のライトアップに向かいます。