そっと、そおっと
雅治の腕から、身体を外していく
「眠る時は一人がいい。隣に人の気配があると眠れないからね」
おそらくは今も、深い眠りではないだろうから
そっと、すり抜ける
バスルームの鏡は、磨いたように綺麗だった
情事の痕は大きな鏡にくっきりと映る
ひとつ・・・ふたつ・・・腋窩や下腹部にまでちりばめられたそれらは
ほんのさっきの熱をまた吹き返そうと、準備をするかのように赤黒い
「僕たちのことは、僕たちの中だけに留めよう」
そんなふうに忍び、影を消そうとしてきた恋に、私はさらに随分な戒律を課してきた。
それが、いつしか欲しがるがゆえにこんなにも脆く
言い訳の出来ないほどに見せつけるようになった
10日もしたら消えるだろうけど
でも、その痕をつけてと言ったのは私で。望んだからだと言いつつ、私の肌に刻み付けたのは雅治で。
私の肌に自分の痕を刻む時、雅治は、熱っぽい嫉妬のような目をする、いつも
30年を経た恋の
私たちの間に
最後に残るものは何だろう
拭い去り、剥ぎ取って
相手を飲み込みひたすらに重なり、それでもまだ深さを求め、欲し、抱き合い・・・ひとつになることを願う
最後に私の手に残るのは・・・
思い出も何もかも全て削ぎ落とした
この年齢になってさらに、堪えきれぬ
性愛・・か
やめよう
考えても考えなくても
そんなに遠くなく答えの出る時は来る
先のことを問うと、雅治は言う
「わからないな今は・・・。たぶん、それはその時にわかるよ」と
僕の方からsanaの手を離すことはない
そう言っていた人はもう
夢を語るように永遠だと数年先を語らない
半分以上の人生の時に雅治がいたこの長い夢は
おそらくはもうすぐ、月が欠けるようにフェードアウト
だから、光をかき集めるような、今のこの時になってるんだし
寂しい・・・?
わからない
シャワーの温度を上げた
抱かれた身体を伝い、熱い湯が足元へ流れていく
雅治が最後の時にする選択を嫌だと思ったとしても
嫌だと言う選択肢を、私は持たない
既婚と独身で始めてしまった恋は
今やもう、帰るところがある者同士で
ならば
そこに傷をつけないのが、私達のルール
くっきりと見えていたバスルームの鏡は曇った
見えないままでいい
静かな浴室に
シャワーの音だけが響いていく
