突然どうして大島に移住したのか、家族にも友人にも前職の人にもこちらの人にも絶対に聞かれます。
まぁ、当然ですよね。
北海道出身栃木県民がなぜ今治にって、そりゃなります。
私だってそう思っています。
残念ながら、一言では説明できません。
もちろん、理由はいろいろあります。
絶対ここでなければならなかったわけではないけれど、私たちが出した条件を満たす中で条件が良かったのが、ここでした。
長くなりますが、そこのいろいろを説明してみます。
2人でカフェ開業、という目標が前提にあります。
栃木はカフェの勉強に行った感じなので、永住する気どころか長居する気はそもそもありませんでした。
カフェを開く場所に関して、いくつか希望がありました。
気候が温暖、災害が少ない、雪が少ない(降らない)、適度な田舎、移住者が多い、海がある、歴史や文化がある、などなど。
条件に見合いそうな地域に行ってみて、短期で住んでみて、なんてことができれば良かったのですが、前職の状況では、その時間はない上にその資金さえ貯まらない。
どうせ観光では分からないことも多いし、もういっそとにかく移住してしまおう!ということになりました。なんて乱暴な。
移住資金は開業資金に回したいし、縁のない地域に突然行くのは不安があるし、ということで目をつけたのが、地域おこし協力隊制度です。
お給料がもらえて、住宅補助があって、地域の方と関係を築けて、起業支援までしてくれる。
賛否両論ある制度なのは承知の上で、言葉は悪いですが、利用してしまえ、と思ったわけです。
まだ比較的若い、これから子どもを産むかもしれない夫婦が、地方にとっては価値があるだろうし、私たちの力を利用してもらえることもあるだろう、win-winの関係を築くことができるのでは、と考えた上でのことです。
そこで、先ほどの条件に、地域おこし協力隊の実績や定住率がよく、地域が協力的、募集内容が限定されていない、現住所からの受け入れが可能(田舎住まいだったのでここは意外と大きなハードルでした)、などの条件が加わり、地域が絞られていきました。
有楽町のふるさと回帰支援センターに相談に行ったりイベントに参加したりする中で、突如浮上したのが今治でした。
もともと別の有力候補があったのと条件的に島しょ部にしか行けないという関係で、ノーマークだった今治。
イベントで話を聞いているうちに、アリなのでは?と思った私が夫にプレゼン。
当初の有力候補の方が住みやすそうではあったのですが、そこにずっと暮らすイメージができず、どうせ田舎に移住するならわくわくする方がよくない?ということで、私が今治の協力隊に応募し、島暮らしが決定。
タイミングと縁だなぁ、とつくづく思います。
絶対ここでなきゃ!という思いがない分、気楽にがんばれるかなぁと。
でも、できれば、ここで長く暮らしていければいいなぁ。
まだここに来て数日ですが、私は暮らしていくイメージができてきたような。
まだ大島に上陸していない夫はどう思うだろう。
景色が良くて魚が美味しければ彼はいいような気がしています。
今日もとても綺麗な景色を見ました。
笑顔のすてきなあたたかい人の多いところです。
写真は、別荘を改装してレストランを作っているところからの眺め。
玉ねぎ畑越しの瀬戸内海。